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 五十階層フロアボスとなると、探索者支援協会が定めた等級的には難度六ダンジョンボス――即ち、八尺様やアサルト・シティの一段下。


 けれど、それは条件が同じ場合の計算。

 青木ヶ原天獄は未踏破ダンジョン。定期的なダンジョンボスの討伐により絶えず弱体化が施されている攻略済みダンジョンと比べて、あらゆるクリーチャーの脅威度が上方修正される。


 とどのつまり、今俺が相対するアンジェロⅢの力は、これまで戦ってきたクリーチャー達の中でもトップタイ。

 実際、感覚器官の悉くが、チリチリと脳髄に訴えかけている。


 ――強敵だ、と。






「ハハッハァ」


 樹鉄刀を抜剣。

 咄嗟に身体が動くまま、構える。


「豪血」


 動脈を奔る赤光。充ち満ちる膂力。突き広がる五感。間延びする体感時間。

 心なし世界が緩やかとなったような錯覚。沸き立つ凶暴。


 そんな俺の気に当てられたのか。耳障りに喚くばかりだったアンジェロⅢが動いた。


〈rararararararara〉


 総て水晶で象ったかの如き、西洋鎧を思わせる、背に翼を生やした躯体。

 帯びていた輝きが、強く激しく明滅を始め、やがて無数の光を打ち上げた。


「あァ?」


 頭上彼方の地表付近で折り返し、俺目掛けて降り注ぐ光の槍。

 数は……二百と二十五。第一撃の着弾まで推定コンマ六秒、軌道は残らず俺を中心に据えた半径三メートル以内。

 正確な威力のほどは、ひとつ受けてみないことには測りかねるが、取り敢えず『鉄血』で防げそうだ。根拠は勘。


 ……とは言え、その選択肢は些か面白くない。

 加えて俺自身が無傷なり軽傷だろうと、装備は確実に痛む。


 攻撃の範囲外に脱するには、コンマ二秒ばかり時間が足りない。

 全ての光槍が降り終えるまで、恐らく第一撃から四半秒足らず。ほんの一瞬でも足を止めればミンチ肉だ。

 大体、この選択肢も面白味に欠ける。却下。


 はてさて。防御も回避も駄目と来れば、どうしたもんか。


 …………。

 なんて、ちょいと白々しいな。


「――『深度・弐』――」


 最初っから、迎撃一択と決めてたくせに。


「発破ァァッッ!!」


 可能なものは体捌きで躱し、無理なものは斬るか弾く。

 瞬く間、足元に幾つも深々と穿たれる孔。

 予め見立てた通り、光ゆえの貫通特化。破裂や拡散はしない。つまり紙一重で避ければ良い。


〈raraaaaaaaaa――〉

「お」


 光槍の撃ち終わりと同時、アンジェロⅢが己の得物、その五メートル近い体躯をして巨大と呼べる剣を横薙ぎに振るった。


「タイミングや良し」


 惜しむらくは。


「たらふく光槍メシを喰った樹鉄刀コイツの斬れ味を勘定に入れなかったことだな」


 俺の胴へと属性エレメンタルの刃が届く間際、逆風に樹鉄刀を一閃。

 刹那。太刀音に遅れて、アンジェロⅢの巨剣は、殆ど根元から断たれた。





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