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 …………。


「去年八月時点の俺では、コイツと同格と言える八尺様を単独じゃあ斃せなかった」


 少なくとも、無傷では不可能だった。


「装備の質。根本的な身体能力。俺自身の力量」


 他にも細々したものは多々あれど、大きな加算は、やはりこの三点。


「歓喜、礼賛、法悦、恐怖、焦燥、希求」


 胸中は、まさしく悲喜交々。

 言葉にし難い部分も少なくないが、ともあれ。


過去きのうの不可能が現在きょうは可能ってのは、悪くねぇ気分だ」


 十重二十重と砕けて横たわり、既に事切れ、消え始めたアンジェロⅢを尻目、衣服の砂埃を払いつつ、しみじみ思う。


 ――俺、強くなってますわ。






「ドキドキワクワクだな」


 累計で数万段、数十万段と上り下りを繰り返した、各階層を繋ぐ階段。

 カツカツ響く具足の音色が、耳に心地良く染み入る。


「いよいよ五十一階層、深層デビュー。はあぁ、堪らん。リゼ、抱き締めていいか?」

「ん」


 大鎌を一度圧縮鞄に仕舞い、両腕を広げるリゼ。

 此方も先日の彼女の言葉に則り籠手を外してから、探索者シーカーには似つかわざる細身を掻き抱く。

 鼓動はっや。


「ぅるる……滅茶苦茶、昂ぶる……ところで、お前ホント腰つきエロくなったよな」

「ふふん」


 そう耳元で囁いたら、得意げな表情と合わせ、心臓が一際に跳ねた。

 八時間前のバイタルチェックに異常は無かった筈だが、大丈夫か此奴。


「……ねぇキミ達。そうやって隙あらば二人の世界に入るの、そろそろやめてくれないかな」


 ひとしきり満足し、リゼを離すと、力無く苦笑いながらヒルダが言った。

 修行が辛くて悟りを開くか教えを捨てるかの瀬戸際までキてる僧みたいな顔だ。


 でも、ちょっと待て。


「まるで俺達が場も弁えずイチャついてるような口ぶりはよせ。頭の悪いカップル扱いは心外だ」


 つーかカップル扱い自体、心外。

 ともすれば下らん喧嘩ひとつで瓦解する薄っぺらい関係に、我々を当て嵌めないで頂きたい。


「ええぇ……」


 マジかコイツ。

 ぽかんと口を開けて呆けたヒルダの気持ちを代弁するなら、恐らく、そんなところ。

 益々心外だ。


「私は、月彦に応えてるだけよ」

「リゼって意外と男に合わせるタイプだよね」


 肺の空気を残らず吐き出さんばかりの溜息。


「……ま、いいさ」


 かと思えば、一周回って達観の入り混じった双眸。


「どうせからは、そんな暇も無いだろうし」


 長い石段が終わる。

 空間の境目を抜ける。


 ――途端に、空気が変わった。

 重く質量を伴い、肩にのしかかった。


「ようこそ、深層へ」





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