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 降り立った五十一階層の風景は、一見すると迷宮エリアに似ていた。


 だが違う。何もかも。

 溶けた鉛の如く纏わり付く空気、迷宮エリアの十倍でも足りるかどうかの規格スケール

 まるで俺達が蟻か小人にでもなったような錯覚さえ受ける、そんな景色。


「二人とも深層――五十番台階層以降は初めてかな?」


 当たり前だ。難度七以上への進出はリゼに止められてた、あるワケがねぇ。

 そして、散々と言葉にされていたその理由を、肌で理解した。


「僕は最後に追い出されたパーティと一緒に、二度ばかり入ってるけど。まあ察しの通りだよ」


 横に居たリゼが、尖ったパーツも構い無しに、籠手で覆われた俺の腕を掴む。

 防具越しでも分かるほど、震えていた。


 ――明らかに、今までの浅い階層とは違う。


「到達率五パーセント以下。辿り着くだけでも、探索者シーカー二十人に一人を切る割合」


 全世界で三百万人近い探索者シーカー

 うち、一線級と称される深層を狩り場とする者達の数は、十万人そこそこ。


「この数字の意味は、分かって貰えたと思う」


 返答代わりに己の首筋を撫ぜ、マスクを左右にスライドさせた。


「ハ、ハハッ、ハハハハハッ。やべぇ、やべぇな、理性切れそうだ」


 喉奥から、どうしようもなく喜悦が漏れ出る。


 リゼが腕を掴んでいなければ、昂り任せに意味も無く樹鉄刀を抜いていただろう。

 リゼが震えていなければ、衝動のまま駆け、敵を探しに向かっていただろう。


 そして――十中八九、そのまま死んでいたに違いない。


「助かる助かる、助かるよなぁ全く」


 正味の話、リゼが居なかったら今日まで何度と死んでいたことか。

 別段、それ自体は構いやしないが、こんなオタノシミに巡り会えたのなら、長らえさせてくれたリゼへの感謝は尽きない。


「リゼ」


 出来るだけ優しく名を呼び、向かい合う。

 背丈の離れた俺を見上ぐ赤い瞳が、微かに揺れている。


 空いた方の手をリゼの肩に添え、視線を重ねたまま、暫し佇む。

 俺がフラフラと何処かへ行ってしまわぬようにか、腕を掴む指先は強まる一方だったけれど……気付けば、震えは収まっていた。






「じゃ、本腰入れて行こうか」


 サーベルを抜き、吸撃の盾を浮かばせたヒルダが、手拍子替わりに切っ先同士を打つ。

 ほぼ同時、ヒルダの剣と盾と両腕が『ピーカブー』の発動を受け、不可視化した。


「手筈通りに僕のスキルで。その分だけ索敵が疎かになるから、そっちはキミ達が――」


 朗々と紡がれる滑らかな口舌。それが尻切れトンボに終わる。

 地鳴りの如き、足音によって。




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