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 腑の奥まで染み渡る、重い歩みの音。

 やがて通路突き当たりの角から、ひょこりと何かが顔を覗かせた。


〈だぁぁれでぇぇすかぁぁ?〉


 二十メートルにも届こう埒外な巨躯。

 ブルーベリーを思わせる鮮やかな青い肌。

 頭部の半分以上を占める単眼。

 腰巻ひとつという野人同然の格好。

 鯨も輪切りに出来るだろう刃渡りの戦斧。


 まさしく『ひとつ目の巨人サイクロプス』が、そこに居た。


〈どぉしまぁぁしたかぁぁ?〉

「ッ……」


 頭蓋骨の裏側を引っ掻くような発声。

 眉根を寄せ、不快を顕わとしつつ、リゼが大鎌を振りかぶる。


「『イツツキ流斬ナガレ』」


 脈動し、ひと回り肥大化した兇刃より放たれた『流斬ナガレ』。

 空間に歪みの爪痕を残し、真っ直ぐサイクロプスの喉笛へと迫り――けれど寸前、戦斧に受け止められた。


「ほー、良い反応だな。デカいだけのウスノロじゃねぇ、と」

「配分間違えたわね。六割ムツキなら武器を壊せたし、七割ナナツキなら首まで落とせてたわ」


 戦斧に大きく亀裂を奔らせながらも、力任せに『流斬ナガレ』を払い飛ばす。

 割れ砕けた斧の細かい欠片が、パラパラと降り注いだ。


 ――半径数十メートル以内に只管な破壊を齎す『呪胎告知』。

 今のは五割程度に抑えていたとは言え、斬撃に圧し固めることで密度と威力を跳ね上げたもの。


 にも拘らず、サイクロプスは己の武器と腕力だけで、それを凌いだ。

 フロアボスでもダンジョンボスでもない、単なる十把一絡げのクリーチャーが、だ。


 これが深層か。


〈ノォォックしてぇぇもしもぉぉしぃぃっ〉


 と。半開きだったサイクロプスの瞼が見開かれる。

 血走った眼球が、青く不気味な輝きを帯びる。


 殆ど反射で前に出た。


「鉄血」


 あちらとは色調の異なる青光が静脈に伝うと同時、巨大な瞳を起点に放たれた光帯レーザー

 射線に樹鉄刀を宛てがい、防ぐ。


「む、ぐ。深度が壱じゃ、ちょいキツい、か」


 四十階層でチェシャ猫から食らったものを凌ぐ威力。

 つまり、コイツの攻撃には四十階層フロアボスを上回る出力が備わっている証左。


「ツキヒコ、そのまま引き付けといて」


 じりじり押し戻される俺の背後から、ヒルダが飛び出した。


 ふわりと己を浮かび上がらせ、音も無くサイクロプスに迫る。

 速度自体は緩やか。しかし文字通り視線を俺に突き刺していた巨人は、ほんの半秒、気付くのに遅れた。


 その半秒こそ命取り。

 既にヒルダは、必要な間合いを得た後。


「えい」


 不可視のサーベルに『空想イマジナリー力学ストレングス』の力場を纏わせた、一種の砲弾。

 飛来する察知不能の攻撃。為す術なく、サイクロプスの胸部に風穴が穿たれる。


 だが。


〈こぉぉんばんわぁぁっ〉

「あれっ、心臓が急所じゃなかったかな」


 レーザーを途切れさせ、たたらを踏みつつ、空中のヒルダに横薙ぎを見舞う。

 そいつを吸撃の盾で弾かれ、デカブツが更に姿勢を崩した瞬間を狙い、俺は深く屈み込んだ。


「豪血――」


 静脈の青から、動脈の赤へと切り替わる『双血』。

 次いで。


「――『深度・弐』――」


 跳躍。壁や天井を跳ね、コンマ一秒以下でサイクロプスの背後に到達。

 狙いは後頭部。四太刀で切り刻む。


「お見事」


 ヒルダの賛辞を経て、今度こそサイクロプスは倒れ伏し、魔石のみを残し、崩れ去った。

 ……四万円級か。四十番台階層だと、一番デカいのでも二万円級に届くかどうかだったな。

 流石は深層。出鼻の時点で、これか。


「最高だなオイ」





 そんなこんなで、深層突入から早々に勃発した初戦は、上々の結果に終了。

 尤も、弱点が予め分かっていなければ、それなりに手間取ったと思うが。


「ところでツキヒコ。クリーチャーの情報なんて調べもしないキミが、どうして奴の急所を知ってたんだい?」

「あァ?」


 どうしても何も、巨人の弱点はに決まってんだろ。

 世の中のジョーシキだ。





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