712






「沙汰を言い渡します」


 何故か正座させられた俺を睨み、リゼが告げる。


「今後『ウルドの愛人』の発動に制限を設けるわ」

「はァ? なんでだよ」

「アンタが底抜けのアホだからよ」


 お叱りを受けてしまった。解せぬ。


「くれぐれも遵守するように。もし破ったら本気で泣くから」

「るげぇ」


 想像しかけて、変な声出た。

 が。そう何度も同じ脅し文句に屈する月彦様に非ず、だ。


「泣けるもんなら泣いてみやがれ、この鉄面──」


 ──真っ直ぐ此方を射抜く赤い瞳が、と滲んだ。


「ベストを尽くす、約束する。だからやめろ、泣くな、自分の目玉を潰したくなる」

「よろしい」


 赤べこも顔負けの首肯を繰り返すと、潤みが引っ込んだ。

 涙腺操作、つまるところ嘘泣きか。くそったれ、味な真似を。


「ぐぐぐ……つーか、俺が約束そのものを忘れるって可能性は考慮しねぇのかよ」

「ばかなの?」


 苦し紛れの反論。簡明な罵倒。

 ひらがなっぽい口調での馬鹿扱い、ほんと傷付く。


「アンタが私とのことを忘れるワケ無いでしょ」


 何も言い返せねぇ。妙に悔しい。






 ──淡々と与えられた達しを、頭の中で軽く纏める。


 曰く、今日この瞬間をフラットと定め、日付が変わる毎に一点追加。

 過去を差し替える際には何日分の記憶を失うか事前計算、此方も一日一点とし数値化。

 発動後、残り点数がゼロ未満とならぬよう使え、との談。


 要は最多でも十日に一度しか『ウルドの愛人』を繰り出せない。

 これからは弾みで大都市を更地に変えても、おいそれと無かったことに出来ん道理。


「不便だな」

「勢いで町とか壊さなければ済む話でしょ」


 そいつは冬場の小学生に通学中、脇道の霜柱を踏むなと言うようなもんだ。

 破壊衝動とは抗い難く、甘美なものなのだよリゼちー。


「ぅるるるるる」


 手慰みに人差し指を噛む。

 加減を誤り、食い千切ってしまった。


「……自傷に走るほど辛いなら、代わりに私を滅茶苦茶にしてみる?」


 じじじ、とパーカーのファスナーを下げて首を傾けるリゼ。

 コイツまた下着を無精しやがって。ちゃんと着けろや。


「生憎DVの趣味はねぇ。お前を傷付けるのも、お前との約束を違えるのも御免だ」

「そ」






「そうそう。最後に、もうひとつ確認させて」

「あァ?」


 黒く塗った爪が、俺の腕輪型端末を小突く。

 刹那、網膜投影されたのは、一枚の写真。


「その子を、覚えてる?」


 白く長い髪、明るい蒼の瞳。

 まるでリゼを反転させたような色調の、儚げに微笑む女の子。


 はてさて。


「つむぎちゃんが、どうかしたのか?」

「まだ覚えてるなら、別にいいのよ」


 なんだってんだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る