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スマホが鳴ってる。
しかし所在は寝転んだまま手が届く範囲の外、即ち地平線の遥か彼方だ。
「体内ナノマシンとのペアリング機能付きを買っとくんだった」
先日、今年五度目の破損で買い替えたのだが、流石に旧式過ぎたか。
チョーカー型や指輪型は、どうも馴染まんのだよな。
「三十センチ近付く手間を渋り過ぎでしょ」
人の腹を枕に寛ぐリゼから苦言を呈される。
怠惰の代名詞的存在に咎められちゃ終いだ。
と言うか、お前が頭乗せてる所為で動けねぇんだよ。
「ったく……」
ちょうど転がってた布団叩き、もとい不抜の剣でスマホを手繰り寄せる。
気怠く画面を検めると、無機質な書体で『u-a』の表記。
んだよ。今日は出勤日じゃねぇぞ。
確か。たぶん。きっと。恐らく。メイビー。
いや出勤日だったわ。まるっと忘れてた。
「……あー、もしもし。用件は──」
〔ビデオ通話に切り替えて下さい。顔が見たいです〕
ストレート過ぎる口説き文句は、時に却って尻込みされるぞ。
駆け引きの妙味ってもんを楽しむ余裕が足りてないな。
南鳥羽カンパニー本社ビル、地上五十五階。
ワンフロアぶち抜いた、何も置かれていない、用途が良く分からん一室。
……いや。最近まで大規模な機械装置を据えてあった痕跡が其処彼処に残ってる。
加えて、シンギュラリティ・ガールズ各者が定期投与されている薬品類の微かな臭気。
大方、彼女達のメンテナンスルームだったのだろう。
「こんな場所に呼び出して、どうした? 無断欠勤の説教ならヒルダに頼む。世の中の悪いことは九分九厘アイツの責任だ」
「兎角、押し付け方が雑把なのよね」
リゼ貴様、要らん茶々を入れるな。矛先とは場に居ない奴へ向けるのが最も手っ取り早いのだ。
これを専門用語で『新学期初日に休んだら学級委員長をやらされる理論』と呼ぶ。
「……ここなら、万一にも誰かの耳に入る危険がありませんので」
「あァ?」
だだっ広い室内とは対極的な、ぼそぼそと縮こまった呟き。
その語調に厄介事の気配を嗅ぎ取り、続く言葉を待つ。
u-aが俺との間合いを詰め、耳元に顔を寄せた。
仄かに甘い、香水の匂い。
「今まで視ることの出来なかった未来を視ました」
震え声で紡がれる、数字の羅列。
そう遠くない、日付と時刻。
「そこが分岐点」
何の、と問うより先、ポケットでスマホが自己主張を始めた。
舌打ち混じり、掴み取る。
「うるせぇぞ掛け直せ、こちとら手が離せ──」
〔オレだ! 急いでる、済まんが挨拶は抜きにさせて貰うぞ!〕
電話口で泡を食ったかの如く捲し立てる、通りの良い女声。
誰かと思えばジャッカル女史か。どうしたどうした。
〔以前、君に見せたフェリパの手紙について、覚えているか!?〕
「あァ? あー、まあ、な」
〔些か不安になる返答だが、まあいい!〕
コスタリカの聖女、フェリパ・フェレス。
彼女が向こう百年の平和を祈り、ジャッカル女史を介する形で後世に託した予言。
その数、述べ十三通。
然るべき時期に然るべき場所で然るべき人物へと明かし、最善の筋道で解決を図らねばならぬ十三の案件を認めたという文書。
俺が受け取ったのは、その中の五通目……いや六通目?
忘れた。別に構わんか、幾つでも。
〔今日が七通目の開封指定日だった!〕
なら、やっぱり俺のは六通目か。
意外に覚えてるもんだな。偉いぞ月彦。
〔しかし、しかしだぞ! 七通目の中身は──いや──〕
声抑えろっての。
怒鳴ると逆に聞き取り辛いわ。
〔──七通目以降の全てが、白紙なんだ!〕
…………。
「ほう」
さほど動いていなかった食指、好奇心が鎌首をもたげる。
こいつは何やら、面白くなって来たんじゃないのか?
「詳しく聞くぜ。会って話そうや」
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