120・閑話2
「――い。おい、いつまで寝てんだ
ソファで横になった女を、強面の大男が怒鳴り付ける。
顔に被せていた雑誌をずり落とし、目覚めた女は、手元のテーブルに置いた黒百合の眼帯を右目に宛てがい、身を起こす。
「呆れるぜ。よく出発前に高イビキかけるもんだ」
「否……我が眠りは死人も同然……喧騒とは無縁……」
「実際にイビキかいてたって意味じゃねえよ」
冗談か本気か判断し辛い返しに、やや渋面となる男。
その脇より顔を出した、どことなく軽薄な印象漂う狐目の男が、五十鈴と呼ばれた女の落とした雑誌を拾う。
「お。週刊
「……世俗に関心など非ず……遍くに関心など非ず……」
「素直に読んでたと言えんのか、天邪鬼が」
ぱらぱらページを捲れば、先日に終息を迎えた軍艦島のカタストロフ発生について特集が組まれている。
大規模作戦を控えた彼等は待機命令が出されていたため関われず、気を揉んでいたが、蓋を開ければ現地の
「九州で活動する
「五十鈴チャンは特に心配したろ、ちょうど里帰り中だったし……うおスゲエ! 見ろよ
「なんじゃそりゃ」
一面に大きく打たれた『都市伝説最強の女怪を祓ったのは、
しかし肝心の記事は妙に散文的と言うか曖昧で、具体的な情報が殆ど書かれていない。
「本人インタビュー及び、写真と実名の掲載は断られました、ねぇ……どう考えてもガセネタだろ」
「えぇー!? でも、嘘ならもっと尤もらしくハナシ作るじゃん! それがマスメディアじゃん!」
「あのな
強面が、諭すように狐目を嗜める。
「大体ヒルデガルド・アインホルンじゃあるまいし、デビュー三ヶ月そこらで難度六のダンジョンボスを倒せるバケモノなんぞポンポン居るかよ。常識ってもんを考え――」
「フフッ」
滔々と語る強面の言葉尻を捕まえる形で、思わず、といった具合に女が笑いを零す。
「なんだ五十鈴。何がおかしい」
「んん……なんでんなか……我等は皆、等しく泥の海に溺れる塵芥……」
あからさまな、煙に巻いた物言い。
再度、追求を向けようとする強面だが――壁時計の鳴らすアラームによって、遮られた。
「……時間か。行くぞ」
「はいな。いやー正直、八ヶ国の合同とは言っても難度十とか勘弁願いたいわ。最近オレ腰痛くってさー。トシかね?」
「ぼやくな。それに不老スキル持ちがその手の冗談を飛ばしたところで、湧くのは笑いじゃなくて殺意だぞ」
「オレのはどっちかってーと単なる若作りなんだけどなー」
壁に掛けられた揃いのジャケットを各々着込み、或いは羽織る。
ただのジャケットではない。強靭かつ柔軟、対クリーチャー戦術核の爆心地に居ようとも着用者を守る世界最高峰の防具。
その首元を飾る、五爪で掴まれた棺の襟章は、二十年以上を遡る設立以来より数多くのダンジョンの暴走を鎮め続けて来た、精鋭中の精鋭達を顕す象徴にして旗印。
即ち――『沈黙部隊』のエンブレムである。
「……ん? おい五十鈴。お前それ、どうした?」
ふと強面が、女の腕を指す。
正しくは、色味の薄い肌に赤く浮かぶ注射痕を。
「献血でもしたのか? 予防接種も逃げ回るような注射嫌いが珍しい」
「……然り……否……」
「どっちだ」
繰り返し、痕を撫ぜる細い指先。
女の無感動な
「これは……そう……凶星と、血の
その言葉から数拍を置いた後、女の周りを歩いていた者達が、一斉に距離を取った。
総員の気持ちを代弁するように、怯えさえ含んだ語調で強面が問う。
「……し……宗教にでも、ハマったのか……?」
「そげんワケあるか、アホ」
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