705






 直線軌道を描いていた『破界』が、しかし妖狐に触れる間際で


 綺麗なY字へと逸れ、虚空を貫く殲滅の牙先。

 圧し固まったコンマ一秒足らずを経た末、掻き消える極光。


 ……雑な力技を弾かれたくらいで、別に驚きはしない。

 ただ。完全索敵領域を掻い潜る形で唐突に現れ、幕引きに水を差した闖入者には、些かの関心が向かうのも自明。


「理由を聞いとこうか」


 肌も髪も衣服も白い、ひたすらに真っ白な輪郭。

 手にした細身の剣だけが漆黒を彩る、極端な色調。


 黒剣を抱いた白亜。

 分厚い布で目元を覆った、盲の女。


「リシュリウ・ラベル」


 招集にも応じなかったテメェが、何故こんなところに居やがるんだ?






 未だ呪縛式の過負荷が抜けたとは言い難い樹鉄刀に鞭打ち、赫夜を纏う。


 そんな俺の戦意など気にも留めず、奴さんは此方に背を向けた。


「あら。あら、あら、あら、あら」


 臥した妖狐の頬を撫ぜ、穏やかに零す呟き。

 重く閉じた六眼が開き、白を捉える。


〈……貴様、ハ……〉

「てひどく、やられた、ものですね」


 存在するだけで膨大なエネルギーを費やす躯体。

 難度九ダンジョンボスと同程度の熱量では動くことも能わぬ、桁外れの規格。


「さがって、やすみなさい。いま、あなたをかくのは、ふつごう、ですから」


 蝋燭を吹くかの如く、妖狐の姿が消え失せる。

 僅かな余韻すら残さず、静まり返る階層。


 ──やがて。リシュリウ・ラベルは、再び俺達に向き直った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る