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「こんにちは。みなさん、おひさしぶりですね」


 まるで旧友への挨拶を想起させる、軽い語調。

 毒気が抜かれる感覚に眉を顰めつつ、口を開きかける。


 が──それより早く、俺の脇を抜け駆けた、神速の影。


「リィィシュリィィィィウッッ!!」


 憤怒の形相で吼え立て、飛翔するヒルダ。

 両手に握り締めた石剣を振りかぶり、引き連れた衝撃波と併せ、打ち下ろす。


「ここで会ったが百年目だ、陰湿性悪クソババア! 両腕の借りを百倍で返してやる!」

「あら」


 幾重にも『空想イマジナリー力学ストレングス』を重ね掛け、跳ね上がった膂力と速力。

 そいつを、気持ち悪いほど緩やかな剣捌きで受け流すリシュリウ・ラベル。


「あら、あら、あら……あら?」


 数百の剣戟を交えた頃合、甲高い音色と共にヒルダが弾き飛ばされた。


「っぐ! この、舐めやがって、やる気あんのか!」

「……なぜ、ここに」


 叫喚など気にも留めず、小首を傾げての思案顔。


「その、けん。いったい、どうやって、てにいれました?」


 石剣を指差し、奏でられる問い。


「ッ……誰が教えるか! 僕お前キライ! 何ひとつ思い通りにしない!」


 なんつう天邪鬼。

 勢いのまま感情論を翳せるって、一種の才能ではなかろうか。


「例えば僕が死んだら物凄く困るなら、迷わず死んでやる!」

「文字通り嫌がらせに命懸けてるわね」

「ある意味、感心するばい……」


 引き気味なリゼと五十鈴の小声を他所、ヒルダの背中を突き破る七尾。

 更に、本来は下肢のみ覆う甲殻が黒鎧と混ざり、全身へと及ぶ。


 久々に見たな『ギルタブリル』。

 しかも恐らく『捨身飼虎』まで発動済み。エネルギーが荒々しい。

 本気で、この場でリシュリウ・ラベルと殺し合う気かよ。


 ま、それも良いだろう。因縁浅からぬ間柄だとは、なんとなく知ってるし。


 尤も。相手側に喧嘩を買う心算があるかどうかは、別の話だが。


「なるほど。あのおろかものか」


 黒剣を鞘に収め、翻る踵。

 つかつか足音を響かせ、八十一階層と繋がる階段部へ向かうリシュリウ・ラベル。


「待て! 逃げるな漂白剤!」

「ざんねんですが、わたしは、いそがしいので」


 おざなりな態度に眦を吊り上げたヒルダが、後を追うべく身を浮かす。


 ──けれども、暴れに暴れた皺寄せの発露か、階層が大きく揺らぎ、崩れ始めた。

 このまま留まれば、巻き込まれて御陀仏だろう。


「チッ。退くぞ、ヒルダ」

「ぐぬぬぬ……覚えてろよ! 次こそ八つ裂きにして、小腸で長縄跳びを作ってやる!」


 すげぇ捨て台詞。






「ああ。そうそう」


 リゼが繋いだ空間を抜ける、去り際。


「もうじき、はじまりますよ」


 崩壊に紛れたリシュリウ・ラベルの呟きが、微かに耳朶を突いた。


「たのしいさいごを、むかえましょう?」






「かわいい、かわいい──わたしの、こ」





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