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「はーっ……クレス大叔母様も余計な真似を……」


 あまりカルメン女史に強く出られないのか、小声で文句垂れつつ訳された文面を読み進めるリゼ。


「駄目もう限界」


 嫌になったらしく、五分で投げ出した。

 普段の試験勉強と比べれば頑張った方だな。






「却下。却下却下却下、何もかも残らず却下。要求棄却、交渉の余地無し、遠路遥々と日本までオツカレサマでした」

〔〔〔だ、そうです〕〕〕


 音声合成アプリを使い、話し言葉を殆どノータイムで三ヶ国語へと吹き替えるカルメン女史。

 およそ人間業じゃねぇ。これが日本の頂点、世界でも三指に入るパーティの一員か。


「すっげ。ただ、ありのまま翻訳したのはどうかと」

「ちょい天然なんだよな、カルメンの奴。俺様も流石に今のはビブラートを利かせるべきだったと思う。どう訳したか知らんけども」


 それを言うならオブラートに包む、な。

 と。そんな古典的ボケに突っ込んでる場合じゃなさそうだ。


「〔下手に出ていれば、この小娘が……!! だから日本人など!!〕」

〔〔〔だ、そうです〕〕〕


 わざわざ悪態まで訳すな。ド天然か。


 見た目的に年長者のロシアさんとアメリカさんは、肚の内こそどうあれ大人な対応に努めてくれている。

 だが比較的若手な上、日本人嫌いなウェイは、ともすれば掴みかからん勢い。


「ぅるる……」


 此方の態度にも問題があったとは言え、暴力沙汰は不味かろう。

 割って入るべく動かんとした間際――だらりとリゼが身を起こす。


「そもそも。勧誘なら私本人より先に話を通すべき相手が居るのよ」

〔〔〔だ、そうです〕〕〕


 カルメン女史の通訳を聞き、揃って怪訝な様子を見せる面々。

 一方、リゼは爪先を噛み、手袋を外すと、緩慢な仕草で俺を指差す。


 ――嘗て贈った聖銀のブレスレットを材料とした指輪を、薬指に嵌めた左手で。


「まずの承諾を得て頂戴」

〔〔〔だ、そうです〕〕〕


 …………。

 成程、りょーかい。


「御三方。場所、変えっか」

〔〔〔だ、そうです〕〕〕


 そんじゃあのため、ひと働きしますかね。


「腹ごなしに、かるーく運動でもしようや」

〔〔〔だ、そうです〕〕〕


 勿論、俺らしいやり方で。


「ハハッハァ。俺に参ったと言わせりゃ、リゼも話くらい聞くと思うぜ?」

〔〔〔だ、そうです〕〕〕


 しかし通訳経由では、どうにも締まらんな。





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