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「読めないわね。そっちも、こっちも、あっちも、ひとっつも」


 十近い空間投影ディスプレイを鬱陶しげに振り払い、椅子の背もたれに気だるく寄りかかるリゼ。

 そして、それを少々ばかり遠巻きに囲む、国籍バラバラの三人組。


 ――欠片も通じていない広東語でプレゼンを始めたウェイに遅ればせつつ、各々続いたロシアとアメリカ。

 が、揃いも揃って日本語を話せる奴どころか翻訳機を用意していた奴さえ居らず、このザマ。

 何しに来たんだコイツ等。


「さては言葉くらい、こっちが合わせて当然とかナチュラルに考えてやがったな」

「日本人は海外だとナメられるからなぁ」


 零した呟きに大男、シンゲン氏が相槌を打つ。

 アンタの場合は容姿の時点で日本人離れ甚だしいし、マフィアだろうと道を譲りそうだが……そこは俺も似たようなもんか。


 まあ事実がどうあれ、このままでは一向に話が進まん。


 しょうがねぇ。交渉の矢面を頼まれた手前、仲立ちするか。

 幸い、英語とロシア語なら問題無い。色んな洋画を原語で観漁るうち覚えた。

 日本語字幕や吹き替えだと微妙なニュアンスがズレるから、作品の雰囲気を余さず味わうには不可欠だったのだ。


「……あのぉ。ちょっと失礼しますね」


 ふと先日観たゴミ同然なZ級映画で唯一笑えたシーンを思い出していたら、俺より先にカルメン女史が動いた。


「意地悪は駄目ですよリゼちゃん。気ままな六趣會私達と違って他の皆さんは、しがらみとか大変なんですから」

「クレス大叔母様……でも読めないのは事実なので」

「ですかぁ」


 リゼを嗜めた後、カルメン女史は散らかったディスプレイを己の周りへと集める。

 次いで、奇妙な形状の空間投影キーボードを展開させ――


「――はいっ、和訳出来ました♪」


 数秒、常人の目では捉えられない速度で十指を躍らせた後。そう告げた。


「…………あ、ァ?」

「驚いたか『魔人』のアンちゃん、カルメンは頭が良いんだ。三十桁の暗算とかも一瞬よ一瞬」


 丸太の如き腕を組み、凄まじく簡明に言ってのけるシンゲン氏。

 いや頭良いとか、最早そんな次元じゃねぇだろ。


「手作業で御免なさいね。私、地球の言語はので翻訳アプリを入れてなくて」


 バケモンかよ大叔母様。





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