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 難度八ダンジョン青木ヶ原天獄の攻略より、およそ一ヶ月が過ぎた。


 三月終盤。あと数日で今年度も終わりを迎える春遠からじ。

 つまり俺が探索者シーカーとなってから、一年近くが経つワケだ。


 鬱屈と重ねた二十年余の人生なぞ埃同然に払い飛ばす、まさに夢のような日々だった。

 こんなに幸せで良いのだろうか。全く、甘木くんには感謝が尽きない。


 もっと礼をさせて欲しいのだけれど、彼に何か望みを聞いても「もう十分です」の一点張り。

 慎み深いにも程がある。きっと前世は仏だな。


 なので代わりと言ってはなんだが、つむぎちゃんに同じ質問を向けたところ、恥ずかしそうに俯きながら「水族館に行きたいです」と言われた。

 奥ゆかしいもんだ。どっかの誰かさんとは大違い。






 さて。先々週、俺達のダンジョンアタック記録が探索者支援協会を通して公表されてからというもの、世間は少しばかり騒がしくなった。


 何せ天獄は事象革命より四十年間、Dランカー含む名だたる探索者シーカー達の侵攻を堰き止め続けた難攻不落の一大ダンジョン。

 そいつをたった三人で、しかも二週間そこらでクリアしたとなれば、注目を集めるのは至極当然の流れ。


 加えて、六十番台階層に出現する巨人型クリーチャー『ゴトウさん(命名俺)』の抱えたドロップ品が、これまで加工不可能とされていた八十番台階層クラスの素材に対する溶剤や研磨剤として使えることが判明。

 研究のため、実験のため、延いてはその先に待つ新たな発展のため、そのアイテムには莫大な報酬が懸けられた。


 厄介極まる深淵迷宮エリアの仕掛けも停止した今、青木ヶ原天獄は一種のゴールドラッシュ状態。先月までの閑古鳥が嘘のような大煩雑。

 求めるのは巨万の富か、はたまた未知の最強装備か。

 どちらにせよ、賑やかで大変結構。やっぱりダンジョンは楽しくねぇと。

 職員は過労死するかもだが。ガンバ。






 ところで。俺は今、とても困っている。


 予め断っておくなら、天獄を征してからは寧ろ割かしゴキゲンな日が続いていた。


 例えばSRC以降、しつこい勧誘で散々イラつかされた芸能プロダクションの撤退。

 どうやら連中、俺を自分達の手に負えるタマではないと判断したらしい。

 すっかり音沙汰無し。おお、ディ・モールト。


 他にも自販機で四回連続アタリを引いたり、何も考えず知恵の輪を弄ってたら十本全部スルリと解けたり、ずっと欲しかった廃盤映画のデータが手に入ったり。

 兎に角、ひとつ歌でも歌いたくなるような上り調子だったワケだ。


 つい先頃、を受けるまでは。


 …………。

 未踏破のダンジョンが攻略された場合、それを成した探索者シーカーは体内ナノマシンから五感情報を吸い出し、内容を公開しなければならない。そういう規定だ。

 勿論、プライバシーに関わる部分はカット出来るが……肝心要の戦闘風景は、まるまる世界に発信される。


 とどのつまり。


〔憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎ころしてやる怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨クズやろう死死死死死死死死死死死死死よくも拙の子を塵塵塵塵塵塵塵塵――〕


 半歩間違えれば自壊必至だった樹鉄刀の無許可改造が、果心にバレた。


〔――今すぐ、行く――首を洗って、待ってろ〕





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