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「拝啓……前略……どっちだ、これ……てか俺の場合、そもそも誰に宛てて遺書残せばいいんだ?」
親には勘当されてるし、付き合いのある親戚も居ねぇし。
取り敢えずアレか。遺産は――総額いくらか知らんけど――甘木くんとリゼで適当に折半しといてくれとか、骨はダンジョンにバラ撒いて欲しいとか、そういう要望でも書いときゃいいのか?
「……なんか面倒臭くなってきたな」
やーめた。
「というワケで当分、高飛びする」
「ふーん」
暇潰しに俺の爪をマニキュアで塗っていたリゼが、関心薄く相槌を打つ。
こんにゃろう。こちとら身の危険が迫ってるっつうのに。
「分かったなら手ぇ離せ、つまらん死に方は御免だ。大体、男が爪なんぞ塗りたくってもファッションたぁ呼べねーだろ」
「そう? デザイン次第じゃない?」
ほら、とリゼが見せた俺の爪は、黒く塗り込んだ上から金色で一字ずつ
……悪くないな。
「にしたって、巷じゃ『魔人』とか呼ばれ始めてる男が、まさか武器屋相手に尻尾巻いて逃げ出すなんてね」
畳の上で寝転んだリゼの茶化すような口振りに、言ってろ、と返す。
「果心は自分の
即ち奴さんの怒りは尤もで、そいつを暴力で捻じ伏せるのは個人的に後味が悪い。
「かと言って、素直に殺されてやるほど俺も聖人君子じゃない」
故にこその逃走。時間を置けば多少なり果心も落ち着くだろう。
たぶん。きっと。恐らく。そうなってくれたらいいなぁ。
「で。どこに逃げるの?」
「北は不味い、北海道に近付いちまう。九州と関西も危険だ、前にダンジョン攻略で出向いてる」
要は誰が俺のことを知ってるか分からん。
SNSに無断で写真を投稿され、そいつを果心に見られる可能性が捨て切れない。
ここは極力リスクを避けるべき。
「四国だな。ついでに徳島で遊んで来る」
あそこには八幡反転都市攻略後に行こうと考えていた難度六ダンジョンがある。
これぞ一石二鳥の良策。現代の諸葛亮と呼んでくれ。
「来週の新学期そうそう大学をサボる羽目になるが、俺は一ヶ月そこら休んだところで何の問題も無い。お前と違って」
「アンタの居場所バラそうかしら」
俺が悪かった。謝るからやめてくれ。
「じゃ、達者でな。落ち着いたら連絡する」
「ん」
圧縮鞄に荷物を纏め、簡単な旅支度を整えた後、玄関に立つ。
のそのそ着いて来たリゼの無気力な見送りを背に受けつつ、平和と自由への一歩を踏み出すべく、ドアを開け放った。
「――出迎えとは殊勝なことだ。辞世の句は考えたか?」
八つ墓村みたいな格好で両手に包丁を握り締めた果心が、血走った目で待ち構えてた。
いくらなんでも来るの早過ぎるだろ。
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