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「今回は、久々に時を忘れて楽しめた」


 現在、四十八階層の手頃な廃マンションらしき建物内で休憩中。

 周辺には腕輪型端末と連動した対クリーチャー警報機を飛ばしてあるため、何か起きればすぐ報せてくれる。

 二人きりの俺達にとっては、階段部以外で腰を落ち着ける際の必須アイテムだ。


「ここ数ヶ月、色々あったからな」


 つむぎちゃんの件とか、SRC優勝後の反響とか。


「俗世を離れた鉄火場! 血肉と魂魄の削り合い! 素晴らしき哉!」

「何でもいいけど、お腹空いたわ」


 ちったぁ浸らせろよ。






 ――楽しめた、などと既に終わったことのように言ったものの、ダンジョンアタックとは基本的に行き掛けよりも帰り道にこそ危険が伴う。


 それは強敵との激戦を経て深くのしかかる、回復薬ポーションでは癒えてくれない精神的な疲労であったり、帰路という認識が齎す僅かな気の緩みであったり――まあ、理由は色々だ。

 ゲートを出るまでがアタックである、とは協会登録時の講習中、何度となく聞かされた。遠足かよ。


「ン」


 四十七階層の中程。

 アスファルトとは似て非なるもので舗装された殺風景な道路を歩いてると、具足越しに僅かな振動が伝わる。


「リゼ」

「あそこのビルの陰に大きいのが居るわね」


 既に『ナスカの絵描き』で捕捉済みか。話が早くて助かる。

 しかしこのエリア、出現クリーチャーといい地形といい、リゼとの相性が良過ぎるな。


 ――思案もそこそこ、現れた敵を見据える。

 大型トラック二台分は下るまい躯体を持つ、虎に似たデザインの外観。

 動物型か。初めて見るタイプだ。


「強そうだな。俺にやらせてくれよ、試したいことがある」


 早くも大鎌を振りかぶり『流斬ナガレ』を撃とうとしていたリゼが、怪訝そうに俺を見る。


「ま、見てな」


 後ろ腰のホルスターから休眠形態の樹鉄刀を抜く。

 抜剣形態に移行させつつ、ホルスターのサイドポケットに仕舞っておいた魔石を出す。


「そら餌だぞ」


 サイズは一万五千円級。弩級戦艦も動かせる量のエネルギーを、丸ごと与える。


「豪血」


 脈動する剣身。パキパキと音を立て、数倍にも伸びて行く。


 成長が収まった頃には、とても素の腕力では支え切れないサイズと重量に達していた。

 何せ『豪血』状態でも重く感じるほど。最早、剣と呼んでいいのかも疑わしい。


「ハハッハァ。思い付きで試したにしちゃ上出来だ」

「そんなの抱えて何する気よ」


 決まってんだろ。


「勿論、奴をブッた斬る」


 リゼが『処徐壊帯』でリペアタワーを倒壊させた時、思ったのだ。

 今後ああいう超大型の敵が現れた際、効果的な攻撃手段が必要だと。


「――『深度・弐』――」


 万能を錯覚する勢いで漲る膂力。

 ズシリと重かった樹鉄刀が、まるで小枝。


 機械の虎が俺達に気付く。

 吠える動作と殆ど同時に踏み込み、飛び出す。


「一丁前に威嚇かよ。敵を前に無駄なモーションで時間潰すとか致命的だぜ?」


 突進の勢いを乗せる形で、袈裟懸けに樹鉄刀を振るう。

 太刀筋通りに断ち割れ、振動と共に横たわる巨体。


「……ふーん」


 掲げた剣身を検める。

 形状記憶が働いてるのか、元のサイズに戻ろうと軋みを上げ、震えていた。


「悪くねぇ使い心地だが……エネルギーの過剰投与は、ちょい強引過ぎたか」


 なんか形も重心も歪だし、あんまりやると不具合起こしそうだ。

 もうやらんとこ。壊したら果心に殺される。





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