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 ――参った、どうにも。


「豪血」


 動脈を流れる赤い光。全身に漲る力。研ぎ上がって行く感覚。

 時の流れが遅くなったような錯覚の只中、相対する牛頸の猛攻を躱す。


「七又まで裂けるのか、その腕」


 死角からの攻撃も、僅かな風切り音と肌に触れる空気の震えで読み取れてしまう。


 五撃目まではスウェーイングだけで避ける。

 脚狙いの六撃目、広範囲の薙ぎ払いを跳び越える。


 次いで間断無く放たれた、首尾良く空中へ誘ったと思い込んでるだろう七撃目。


「鉄血」


 生身で受ければ肉が抉れる貫手。正確に首筋を捉えた一閃。

 しかし静脈を伝う青光が齎す硬化により、ジャケットの襟を千切るのみに留まった。


 ――本当に参る。


「再び豪血」


 水銀刀を抜く。

 俺を取り囲む、七つに裂けた腕の付け根に迫り、打つ。


 前回は大した痛手とならなかった振り下ろし。

 少々打ち方を変え試してみたところ、衝撃が芯まで伝わったらしく、動かなくなった。


「お前の手足。あと三つばかり能力を見てないワケだが」


 アスファルトを踏み締めた強化脚力に、ネットで見た武術の歩法を織り込んだ前進。

 二度のフェイクを挟み、三度目で牛頸を間合いに収める。


 厄介そうな老人の腕は届かない位置関係。

 咄嗟、ムカデの巣になっている肥えた脚を使おうとするも――遅い。


「もういいわ。飽きた」


 再生能力持ちの赤子の手を巻き込む軌道で、水銀刀を斬り上げる。


 野球のボールみたく打った方に吹き飛ぶ形でエネルギーを発散させず、与えた衝撃の全てを内部で炸裂させるよう調整した一刀。

 牛頸は全身の縫い痕や目鼻口耳七孔から真っ黒な血を吹き出し、断末魔すら残さず、崩れ落ちた。






「強化増幅系スキル持ち探索者シーカーの戦闘記録を五十本ほど観たら、白兵戦能力の向上が著しい件について」

「著し過ぎよ」


 今まで空手だのボクシングだの少林寺拳法だのといった――人間以外の生物を相手取るという観念も、スキルや魔法という異能の概念も組み込まれてなかった技術を基盤に据え、身体を動かしていた俺。

 だが、よくよく考えれば対クリーチャー向きではないと思い、より適した駆動を学ぶべく探索者支援協会のライブラリに保存されたデータを見漁ったところ、この有様。

 つい先日そこそこ苦戦したばかりの牛頸が、ふた回りも弱く感じた。


「ただでさえ探索者シーカーになる前より上がった身体能力を最適化させれば、こうなるワケか」

「一足飛びに怪物じみてくわよね、アンタ」

「失敬な」


 とは言え、まだ動画の実演者と俺自身との間にある差異を加味した擦り合わせが終わってない。

 何せ一定以上の手練れともなると所作が速過ぎて記録機器のフレームレートが足りず、そのラグで欠けた部分を補完する作業が地味に面倒なのだ。

 お陰で二枚目のジャケットも駄目にしてしまった。


「やっぱ見た目ばっかで脆いな。いや普通の服よりは頑丈だが……おおう、ブーツの底が割れてやがる。予備に履き替えとこ」

「遠征終わったら、その稼ぎで装備一式ランク上げて揃えなさいよ。安物に足引っ張られるとか、それこそつまんないでしょ」


 ご尤も。敵の攻撃どころか動き回るだけで壊れるようでは、流石に今の俺が身に着けるべき最低水準を満たしていない。

 材料から己で揃えた初装備。気に入ってたし出来れば長く使いたかったが、潮時か。


 よし金貯めよう。先を見据えてとかの漠然とした貯金は考える気も起きないが、具体的な必要性に迫られての蓄財は別の話。

 こういうのを泥縄と人は呼ぶ。






 しかし。発端は唐突な思い付きの行動でこそあれ、いいタイミングでレベルを上げた。

 何せ――この先は、俺が不利なシチュエーションだったし。


「空気が美味……いや、キナ臭いな何か。雰囲気が悪い」

「ね」


 一見すると長閑な、けれど注視すれば不穏な彩りを随所に感じる田園風景。

 俺達の後半戦を飾る舞台、軍艦島三十一階層から四十階層を構成する『廃村エリア』。


「出現クリーチャーは相変わらず怪異・都市伝説系、と」

「ハハッハァ。二十番台階層の連中と一緒くたにしてると足下掬われるぜ? 何せ都市伝説ってのは基本、地方にこそヤバいのが揃ってんだからな」

「ふーん。伝説のくせに、変なの」


 少しくらいビビれ。





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