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 …………。


 遠く離れた空間同士を繋ぐ境目を抜け、我が家の玄関前へと出る。


 気だるく手を動かし、この家を建てた人間の趣味か、電子ロックが基本の現代では珍しいシリンダー錠を解く。

 砂埃ひとつ落ちていない土間で靴を脱ぎ、良く磨かれた廊下を往き、リビング代わりの和室に踏み入り――血だらけの上着を放り捨て、座り込んだ。


「あー、クソ」


 血が足りねぇ。頭クラクラする。


 腕輪型端末を操作し、体内ナノマシンで簡易スキャンを行う。

 結果は……ひっでぇなオイ。


「見ろリゼ、失血率四十八パーセントだとよ。笑える」

「死ぬ寸前じゃない。全然笑えないわ」


 冷蔵庫の増血薬を取って来てくれたリゼが、渋面で俺にフラスコを差し出す。

 一気に飲み乾した。






 血が充ちたら今度は腹が減ったため、ありもので適当に昼飯を拵える。


 塊肉を大きめに切り、味覇と塩胡椒で味付けしたボリューム重視の特盛り肉野菜炒め。

 けれど少し目を離した隙、リゼの摘み食いによる被害を受け、いいとこ大盛り程度になってしまった。


「美味しいけど無性に白米が欲しくなるわね」


 なんて女だ、イナゴか貴様。ギンバイ行為は軍法会議だぞ。


 だがまあ、一理ある言い分。

 空の炊飯器に『ウルドの愛人』を使い『出掛ける前に米を炊いていた』過去と差し替える。

 素晴らしい。やはり、このスキルは、こういう用途で持ち出すに限るぜ。






「にしても意外」

「あァ?」


 食後のデザートにホールケーキを貪るリゼが、ふと零す。

 どったのセンセー。


「随分、上機嫌じゃないの。あんな始末だったのに」

「……まァ、なァ」


 めくるめくハガネとの衝突が、あのような形で幕引きとなったのは、確かに残念至極。


 しかしながら、お陰で次の楽しみへと繋がった。


 再び刃を交える時は遠慮無く『深度・参』を使わせて貰う。

 なんなら、少し前に思い付いた『縛式・纏刀赫夜』のも添えて。


「ハハッハァ」


 何より、今日の交流会では大きな収穫も得られた。


「ハガネの奴は実力の二割も出しちゃいなかった。俺の登る道には、もっともっと先がある」


 シンゲン氏は明らかにハガネと同等の実力者だし、カルメン女史も只者ではない。

 それに五位のアメリカ人や六位のロシア人、あとウェイ。正面戦闘でこそ俺に遅れを取ったものの、探索者シーカーとしての総合的な能力は彼等の方が上だろう。

 Dランキングの順位は単純なクリーチャー討伐ポイント以外にも、ダンジョン攻略に於ける貢献度なんかも加味されるそうだし。


 つまり。


「あんな連中が束になろうと、攻略どころか辿難度十ダンジョン……あぁ、期待度絶大! 足を運ぶ日が待ち遠しいぜ!」

「……夫婦の決まり、その一。当分、難度十ダンジョンに行くの禁止」


 マジかよセンセー。

 当分て、具体的にどのくらいっすか。





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