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「あァ?」


 ふわりと弧を描き、宙を舞うハガネ。

 その動きに意識の大半を傾けつつ、欠片ほどの思考を己が爪先へと注ぐ。


 ――首から上を吹っ飛ばすつもりだったんだが、妙にアタリが軽い。

 受け流したのか。空中で。


「相当な柔軟性と体幹が無けりゃ出来ねぇ芸当だ」


 尤もコイツなら、これくらい朝飯前だろう。


「…………」


 やたら長い滞空時間の後、猫の如く着地したハガネが緩慢な所作で顎を撫ぜる。

 見たところ、戦闘に差し障るダメージは無さそうだ。


「…………」


 だけれど奴は背中を丸めたまま動かない。

 鮮やかなピンク色の前髪に隠れ、表情も窺い知れない。


「…………ぁ――」


 おかしい。


 佇まいと言うか、雰囲気と言うか。

 兎にも角にも、奴を捉える識覚の悉くがエマージェンシーを発してる。


 なんだ。なんだ。なん――


「――ふああぁぁぁぁっ」


 …………。

 想像もしなかった可能性の提示に、思考が凍り付いた。


「ん、んん、んんっ」


 気の抜けるような欠伸。盛大な伸び。

 少しずつ解凍する脳髄。巡り始める回路。


 ぴょんぴょん跳ねるハガネへの追撃も忘れ、重ったるい頭を回す。


「冗談だろ」


 いやいやいやいや。まさかまさかまさか。

 有り得ん。流石に有り得ん。無い。いくらなんでも無い。


「はーっ」


 首を鳴らし、襟元を整えるハガネ。

 やがて彼女は重たげだった半眼を見開き――決定的な一言を、放った。


「よく寝たわぁ……目覚めスッキリ♪」


 ……あぁ。やはりか。やはり、なのか。






 この女。今の今まで、殆ど寝ながら戦ってやがったんだ。





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