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「あ」


 っぶ、ねぇぇぇぇ。


 ──まさしく危機一髪。

 ギリギリ『呪血』が間に合っていなかったら、確実に御陀仏だった。


 にしても。


「ぅるるるるるるる」


 噴き出すと同時、ノータイムで階層全域を塗り潰した靄。

 あれに触れることの危険性を本能的に悟り、咄嗟『呪血』で迎え撃ったのは英断。


 分かる。あの靄は悪意そのものだ。

 故に『呪血』が効く。笑えるほどに。


 しかし……それでも尚、贔屓目に贔屓目を重ねても、拮抗しているとすら言い難い。


「──『深度・弐』──」


 奥歯を噛み締め、深化させるが、様子は殆ど変わらない。


 明らかに押し負けてる。

 半ば特効に等しい相性を有するにも拘らず、だ。


「チッ」


 恐らく『深度・参』で、漸く四分六。

 圧倒的に出力が違う。この状況が長々と続くのは、どう考えても不味い。


「なんなんだ、こりゃよォ」


 澱んだ黒に呑み込まれた向こう側を、微塵も読み取れない。

 否。靄の先には、きっと、のだ。


「呑まれりゃ終い。問答無用でゲームオーバーか」


 理屈の外に真髄を置く、解析不可能な類のチカラ。

 齎される結果、突き付けられる末路以外、全く理解の及ばぬ異能。


 やろうと思えば、世界をも滅ぼせる毒牙。


「ふーっ……ふーっ……」


 そんな一方で、呼吸荒く刀の柄を握り身構えたまま、しかし鞘から抜き放つことも能わず四肢を震わせるハガネ。


 どうやら行使に際し、相当な負荷を強いられる模様。

 当然と言うべきか。寧ろ、あの程度で済んでいるのか。

 斯様な代物、常人であれば命を捧げようとも、ほんの一瞬すら扱えまいに。


「ハハッハァ」


 だが。それでこそ、切っ尖を向けるに値する。

 本当に、ワクワクさせてくれるじゃないか。


「死の瀬戸際。ああ、ああ、堪らん」


 過剰分泌されたエンドルフィンに脳が浸かる。

 腑の底より笑いが込み上げ、口の端が独りでに吊り上がり、右目から涙が溢れる。


「最高にスリリングだ」


 女隷の背面、カシマレイコの脊柱に仕込んだヒルコを穿り出し、樹鉄刀に突き立て、その内へと封じた呪詛を注ぐ。


「『呪縛式・理世』」


 混ざり合う呪詛と樹鉄。

 泥のように溶け、人と狼を掛け合わせたが如き輪郭を模り、隙あらば喰らい尽くす心算で以て俺を鎧う。


「……リゼを連れて来なくて、良かった」


 感情が抑えられない。ぐちゃぐちゃに湧き立つ。

 獣じみた欲と快感に、神経を焼き焦がされる。


 リゼを連れて来なくて、本当に良かった。


「ここにアイツが居たら、きっと──」


 ──孕むまで犯してただろうから。





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