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 一旦リゼの位置まで下がり『豪血』を解除。

 圧し固まった呪詛の余波、赤黒い霧に似た澱みが逆巻く中、ひと息入れる。


「ふーっ……助かったぜ。マジ死ぬかと思ったけどなァ」

「……あの状況の直後で、そんな表情かおを作れる神経が理解出来ないわ」


 一キロ分の血肉を削った反動で肩を震わせながら、心底呆れた風にかぶりを振るリゼ。


 マスクを開けたままの口元へと触れてみれば、いつの間にやら笑みの形。

 まあ、当然と言えば当然。


 今、俺は楽しくて仕方ないのだから。


「なあリゼ、見たかリゼ。ヤバいぜアイツ、強過ぎだろ」 

「そうね。この一撃で死んでくれることを祈るわ」


 ふむ。承知の上の台詞と思うけれど、ここは敢えて言わせて貰おう。


「そいつは無理な相談じゃねぇか?」






 細やかに砕けた呪詛の霧が少しずつ晴れる。

 そうして開けた視界の先、階層中央部に立つミノタウロス。


 その肩から脇腹にかけて刻まれた、斜め一本線の鋭利な切創。

 骨が覗くほど深い傷口を染め上げる、多量の血。


 …………。

 裏を返せば、骨で止まっている。 

 軽くはなくとも、確実な死を齎す傷と呼ぶには値しない。

 そんな程度のダメージしか、与えられていない。


「ハハハハハッ! 傑作だ! 『処除懐帯』ブチ込まれてアレかよ!」

「ッ……全然、笑えないんだけど」


 抑えの利かない歓喜に、腹の底から笑声を滲ます俺。

 対し、苦い表情で青褪めるリゼ。


〈オオオオォォォォォォォォ――〉


 一方のミノタウロスはと言えば、羽虫からの想像せなんだ噛み付きでスイッチが入ったのか、あからさまに気迫が変わった。


 ずしりと全身に伸し掛かる、鉛のような重圧。

 ……成程な。


「まだゴングも鳴ってなかったか」


 漸くを始める気になったらしい、理外の怪物。

 三途の川の渡し守が、耳元で口説き文句を囁いてやがる。


「ったく。情熱的で参るぜ」

「なに、わけ分かんないこと、言ってるの」


 独り言のつもりだったけれど、絞り出すようにリゼが返してきた。

 どうやら、この甘ったるいラブコールは聴こえていない様子。


 ――当たり前か。


「お前の分の船賃も――纏めて俺のポケットだからなァッ!!」


 動脈に赤光を灯し、前へ出る。


 踏み出す度、囁きも死の気配も、火勢を増して行く。

 数分後、まだ自分が生きているイメージを、どうにも上手く描けない。


 九死どころか九十九死に一生でも拾わない限り。たぶん今日、俺は死ぬ。


「ハハッハァ」


 リゼさえ無事に地上うえまで帰れるなら、別段それも構わんか。


 ただ、願わくば。

 願わくば、一秒でも長く、俺に闘争の法悦を。


 誰に祈るでもなく、心の片隅でなんとはなし、そう呟いた。





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