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 一掬の沈黙を挟み、くすりとフェリパ女史が笑った。


「自己評価、意外と低いんですね」

「別に低くも高くもない。てめぇを正しく推し量ってるだけだ」


 つむぎちゃんの場合は、吊り橋効果的な要因も手伝った思春期の気の迷い。

 シンギュラリティ・ガールズは、部品の大半が女怪由来ゆえの物理的な精神感応。

 ヒルダは……手当たり次第だしな。第一アイツ自身が相当アレだし。


 兎にも角にも、真っ当な思慮の女であれば俺のような人間を選ぼうとは考えない。

 どんなに能力が高かろうと、脳味噌の中身がイカレてるんじゃ足しにもならん。


 本当に、リゼくらいだ。

 あらゆる意味での例外は。


「そもそも生まれた国どころか時代すら違うアンタと俺に、何の接点があるってんだよ」

「接点、ですか」


 そう呟くと、少し辺りを見回し、やがて俺の背後を指すフェリパ女史。


 空中を軽快に飛び跳ねるイルカのホログラム。

 午後のショー開始十分前、と告知が踊っていた。


「ちょっと、座りませんか?」






 観客席の後列に腰掛け、幾らか遅れる形でアナウンスが入る。

 陽気な音楽と併せて始まったイルカショー。動物愛護云々の事情から、どこの水族館でも長く催されていなかったそうだが、ここ数年になって復興が進んでるとかなんとか。

 さっき司会の姉ちゃんが言ってた。


 まあ、そんな無駄雑学は置いといて。


「──むかしむかし。あるところに一人の女が居ました」


 ゆるく編んだ髪を指先に巻き付け、口舌を紡ぐフェリパ女史。

 決して大きくないにも拘らず、喧騒の内に在っても良く聴こえる声。


「彼女は、ひょんなことから未来を見通すチカラを手に入れ、世界が遠からぬ滅びの危機に瀕していることを知りました」


 最期には惑星ほしをも喰らい尽くす最悪のダンジョン禍、カタストロフ。

 延いては、他の様々な大災害。


「彼女は絶望しました」


 聖女フェリパ・フェレスの活躍が無ければ、俺が産まれるより遥かに早く、地球は影も形も残さず平らげられていただろう。


 ただし、それは犠牲ありきの延命措置。


「彼女だけが滅びを退けられる。しかし、そのためには命を捧げなければならない」


 躊躇えば何もかもが、踏み出せば己自身が。

 斯様な二者択一を迫られ、フェリパ女史は後者を選んだ。


 否。選ばざるを得なかったのだろう。


「いつ自分が死ぬのかさえも識っていた彼女は、毎日震えを噛み殺しながら、目と耳の代わりに心を塞ぎ続けました」


 痛みも恐怖も単なる信号であり、そこに苦も怯えも伴わぬ俺には共感の難しい情動。


 だが──気に入らない、つまらない、とは強く思う。

 そんな人生、何が楽しいんだ、と。


「ふふっ」


 此方の内心を見透かしたのか、女史が再び微笑う。


「嘘です。実のところ、あまり怖くはありませんでした」


 このチカラは尊き主よりの賜り物。啓示と共に授かった御慈悲なのですから。

 歌に似た語りで以て、そう続く。


 ……信仰なんぞ俺とは最も縁遠い概念のひとつゆえ、説かれたところで疑問符しか返せんけれど……本人が納得尽くなら構わんか。

 掲げる思想は人それぞれだし。


「何よりも。彼女は既に、命を捧ぐに足る理由を見付けていたのです」


 壊れ物でも触るかのように、俺の手を取る十指。


「初めてスキルを遣った日。私が視たのは、貴方でした」





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