647・Felipa






 啓示を授かったのは、世界が事象革命を迎え、混迷の坩堝に陥っていた砌。


 私が生きた歳月の内に於いて最も多くの人々が亡くなった哀しい時代の只中、たまさか手に入れたスキルペーパー。

 スロットを介し両の瞳へ流れ込んだ人ならざるチカラと共に、耳朶を打った声。


 ──善き未来への導き手とあれかし。


 刹那の内に皆を理解した私は。重過ぎる務めに嗚咽し、震えた。

 そして──熱灯る眼で、灰色の狂い月を視た。






 全き偶然の産物だった。

 或いは運命であったのやも知れない。


 暴走に近い形で発動した、まだ名前すら無かった『スクルドの眼差し』。

 暗闇へと石を投げるかのように映し出された、まるで意図せぬ時と場所。


 そこに居たのが、彼。


 ──百の徒党、千の群体、万の軍勢を蹴散らし、足跡代わりに築かれる屍山血河。

 ──遥か格上の怪物に挑み、一方的に嬲られながらも歯向かい続け、討ち果たす姿。

 ──誰にも傅かず、己が定めたルールだけに従い、只管に前だけ見据えた双眸。

 ──人を屠り、街を踏み付け、国を滅ぼし、世界すら喰い千切らんと轟く咆哮。


 習得直後でチューニングも定まらず、彼を基点に万華鏡の如く移り変わる雑多な未来。

 その概ねに於いて彼──藤堂月彦は、破壊の限りを尽くす暴力装置であった。


 …………。

 けれど。恐ろしいとは思わなかった。


 言動こそ獣じみていながらも、弱者に関心を抱かず、己以上の強者をこそ求む、獣とは異なる価値観。

 漫然と過ごすだけの命に価値を見出さず、人間に対する愛も情も無い、生まれながらに人を外れた、正しく魔人。

 

 是。彼自身が述べる通り、世の規範に当て嵌めたなら畏怖される人種だろう。


 だけど私は。そんな彼の在り方に、脳髄を灼かれてしまった。


 多くの血を流し、流す以上の血を浴び、愉悦に歪む貌。

 善きも悪しきも等しく縊る、混沌にして中庸。


 気付けば震えは収まり、ただただ魅入っていた。

 重責に青褪めていた小娘の天地を犯すに余りある、昏く鋭利な兇刃だった。






 本当を言うなら、私には世の人々に讃えられる資格なんか無い。

 聖女などと誉めそやされること自体、神への不敬も甚だしい。


 ──十年足らずで使い果たした寿命の半分は、彼を視るためだけに注いだ。

 ──日本に於ける探索者シーカーの扱いが、少しでも彼に都合良くなるよう誘導した。


 滅びの道を辿ろうとする世界を救いたかった気持ちは嘘じゃない。

 主の御心に応えなければという想いも、確かにあった。


 しかし私にとって、未来百年の全人類と同じくらい彼の存在が大きかった。

 平等とも博愛とも程遠い。尊き方より務めを与えられながら、私欲に走った愚か者。

 地獄に堕とされ、然るべき女。


 ──ああ。それでも構わない。


 愛しているの。初めて貴方を視た時から。

 愛しているの。貴方を誰よりも。






 たとえ貴方が、決して私を愛さずとも。

 たとえ貴方が、いつか私を忘れてしまうとしても。





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