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 水族館、映画館、カラオケ、ゲーセン、他色々。

 ひとしきり近辺の遊興施設を巡り終える頃には、すっかり夜も更けていた。


「ふふっ。とっても楽しかったですよ」

「そいつは良かった」


 御満悦な様子のフェリパ女史を傍らに連れ立ち、夜半の街並みを練り歩く。


 横切った商店街の其処彼処で自己主張するオレンジと紫の飾り付け。

 ハロウィンが近いからだろう。さっき行った店でもカボチャのキーホルダー貰ったし。

 普通に要らねぇ。


「……ン?」


 ふと。完全索敵領域の端に見知った相手が引っ掛かる。


 過負荷を重ねて研がれ続け、今や素の状態でも差し渡し一キロ前後を掌握する、完全索敵と嘯き始めた当初の十倍近い知覚範囲。

 その境界線を掠め、踵を返した輪郭。明らかに意図的な接触。


「失礼」

「わ」


 フェリパ女史を抱え、適当な建物の壁面を蹴り上がる。

 屋根に立ち、最短距離の直線ルートを見遣った。


「ちょいと走るぞ」

「どれくらいでしょうか」


 あー、そうだな。

 時速百二十キロくらい。






 体重移動と歩法を駆使し、足場が壊れる水際の脚力で疾走。

 最後の一歩で大きく跳躍、スーパーヒーロー着地。

 軽やかに決まった。


「……身体強化のスキルも用いず、人一人抱えて、よくそこまで動けたものですね」


 フェリパ女史を降ろす最中、淡々と波打つ呟き。

 音こそ腕の中の彼女と同じなれど、抑揚に欠けた冷たい声。


 おもむろに一陣、風が吹く。

 棚引く髪を撫で付け、如何にも不機嫌と言わんばかり、u-aが俺を睨んだ。


「通報されても仕方ない登場でしたよ」

「あァ? そっちこそ、なんでこんなとこ彷徨いてやがる。出歯亀は感心しねぇぞ」

「違います、ミイデラゴミムシ」


 視線を此方に突き刺したまま、つかつかと歩み寄る長躯。


 刺々しい紺の瞳。幾許かの無言。

 やがて深く、静かに溜息を吐くと──伏し目がちに、フェリパ女史を見た。


「……です」





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