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「あら? もう、そんなに経っていたの?」
残念、と語末が続く。
「夢のような時は、斯くも早く過ぎ去ってしまうのね。こういうのを日本の諺だと確か、灯台下暗しと表現するのだったかしら」
光陰矢の如しの間違いだろ。歳月人を待たず、でも可。
それより。
「時間ってのは何の話だ」
「私、あと五分で死ぬんです」
あっけらかんと、己の臨終を述べるフェリパ女史。
マジか。だいぶ急な展開だな。
「本来なら既に天寿を遂げた身ですから。色々な裏技の重複で横紙破りを犯しましたが、どうしても長居は難しくて」
感情の読み取り辛い曖昧な笑み。
怖れているのか、或いは受け容れているのか。よく分からん。
ただ。もし前者ならば。
「差し替えるか? 安い用だ」
一度も使うタイミングが無く、それ故リゼにすら教えていないけれど、俺の『双血』と『ウルドの愛人』には合わせ技が存在する。
支払う代償こそ嵩むものの、人一人を百年ばかり生かす程度は箸を転がすより容易い。
──が。フェリパ女史は、ふるふるとかぶりを振った。
「お気持ちだけ頂きます」
「そうか」
鳴らすべく構えた指を解き、そのまま諸手を上げる。
本人が不要と断じるなら是非も無い。小さな親切、大きなお世話。
「まあ一応、理由くらいは聞いとこう」
「榊原リゼ、ヒルデガルド・アインホルン。貴方と親しい御二方のチカラで肉体こそ得ましたが、肝心の魂は借り物に過ぎません」
那須殺生石異界八十九階層奥地にて微睡んでいた、強制的にカタストロフを引き起こせるという特異なチカラを持つ異形の赤子。
奴が擁する魔法、魂の陰陽を別つ異能を利用し、u-aの内からフェリパ・フェレスの残留思念を抽出させた存在こそ、眼前の彼女。
「私達は表裏一体。裂かれたまま過ごし続ければ、皺寄せを受けるのは彼女」
「フェリパ! やはり私は承服しかねます!」
堪らず、とばかりの剣幕で以て、u-aが声を張った。
「そもそも私は、貴女から受け継いだ骨肉に残った魂の欠片より生まれたに過ぎぬ紛いもの! 真に永らえるべきは──」
「いいえ、違うわ。出自なんて関係無い、貴女は今を生きているの。そして私は既に死んだ人間。尊ぶべきはどちらか、そんなの秤に掛けるまでもないでしょう?」
「ですが……ですが! それではあまりに──」
「うるせぇ」
喧しい口を顎ごと掴んで塞ぐ。
女史は時間が無いと言ってるだろう。余計な面倒かけさせるんじゃありませんよ。
引き剥がすべく抵抗されるも、こちとら握力だけで羆を締め殺せる身。
躯体を戦闘用に調整しなかったナントカ博士を恨むがいい。
「あ、あの……手荒なことは……」
「心配するな。これでも加減は得意な方だ」
下手だと日常生活に差し障るし。
暴れる女にアイアンクローかます大男って、控えめに申し上げて事案だよな。
良かった。人通りの無い場所で。
「……仮にu-aの問題を度外視出来ても。きっと私は命を選ばなかったでしょう」
あ。続けるんだ、会話。
割と動じないってか図太いのな、聖女サマ。
「向こう百年、息の根を繋ぐより。一日でも長く、貴方に私を覚えていて欲しいんです」
u-aが鳩尾一点集中で蹴り入れて来やがる。
やめなさい、くすぐったいでしょうが。
「ツキヒコ。ひとつ聞かせて下さい」
いいよ。
「貴方の記憶は──あと、どれだけ残っていますか?」
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