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──分からん。
「見て下さいツキヒコ! ペンギンですよ!」
リズミカルに列を為す白黒の行進を指差すフェリパ女史。
そうだね。ペンギンだね。
「ペンギンってムーンウォークで歩くんですね。初めて知りました」
「俺も初めて知ったよ。己の浅学を恥じるばかりだ」
草葉の陰のマイケルも唸るであろう見事なパフォーマンス。
ふと脇に目を遣ると、ペンギン達に芸を仕込む訓練過程の映像が流れていた。
〔ハイ、ワンツーワンツー! いいよいいよ、降りて来てるよジミヘンが!〕
コーチは吉田だった。
「何やってんだアイツ」
どこでも湧いて出やがるな、あの神出鬼没チャラ男。
ジミヘンとムーンウォークには芥子粒ほどの関連性も無いわ、アホめが。
──理解しかねる。
「食材系のドロップ品を専門で取り扱った料理店……私の時代にはありませんでした」
手元の串焼き肉を興味深そうに見つめるフェリパ女史。
ただ塩を振ってあるだけなのに旨味がヤバい。どこのダンジョンで手に入るんだコレ。
「そりゃそうだ。アンタが亡くなったのは事象革命が起きてから十年そこら。その辺りじゃ、まだ流通網が組み上がってねぇだろ」
「ええ。こういうものは、一部の富裕層や有権者だけが口にしていましたよ」
今も普通に高価だけどな。十番台階層産の卵を使ったクレープ一個で二千円とかする。
魔石と違い、ドロップ品は確率でしか落ちない。安定した供給は、どうしても難しい。
深層クラスのクリーチャー由来の食材とか、ひと口で数万円の世界だぞ。
ちなみにウチの食卓には普通に出る。勿論、現地調達だ。
──何故?
「随分熱心に蟹を眺めてるな。好きなのか?」
「美味しそうだなぁ、と」
水槽と言うより、ほぼ生簀を見る目つき。
清貧で知られたコスタリカの聖女サマだが、割と健啖家な面もあった模様。
「生前は寧ろ少食だったんですけど。この身体、あまり燃費が良くなくて」
なんだ。つまり大食いはu-aの方か。
ナントカ博士謹製の有機無機複合アンドロイドは動力源の大半を魔石で賄ってると前に聞いたが、その供給分を丸ごと食事で補うなら、確かに相当量を摂らねばならん道理。
「あと、視線が高いのも新鮮ですね」
「サンホセに建ってるアンタの銅像は、自由の女神と張るサイズだけどな」
実物の画像を出しつつ揶揄ってみれば、困ったような微笑が返る。
こういう扱いを喜ぶ人種には見えんし、当然の反応か。
────。
「ン。駄目だわ」
暫く考えてみたが、さっぱりだ。
「どうしました?」
おもむろに立ち止まった俺を振り返るフェリパ女史。
この際だ。直に尋ねるとしよう。
「なあ。アンタは何を思って今日、俺を呼び出したんだ?」
ぱちぱちと瞬く紫の瞳。
顎先に指を添え、考え込むような所作。
「……貴方と二人で、街を歩いてみたかった。それだけ、ですよ?」
ああ、違う違う。
「アンタが俺に思慕を向けてるのは、まあ流石に判るさ」
理解し難いのは、もっと根本的な部分。
「ハッキリ言うけどな。俺なんぞに擦り寄るのは、その時点で世間知らずの馬鹿女だぞ」
たまたま人に生まれただけの魔物。即ち魔人。
リゼが傍に居なければ、とうに理知などドブ川へ擲ってるだろう破綻者。
百年の彼方を見通したコスタリカの聖女。世界最新の英雄。
斯様な大人物から慕われる理由が、まるで見付からない。
「七面倒な手順を踏んで、三十年もの時を経て、今一度の命を得て」
相手など、他に幾らでも居た筈。
事実、千人の求婚者をフったなんて冗談半分の逸話も、まことしやかに伝わってる。
なのに。何故。
「そうまでして。なんでアンタは、俺のところに来たんだ?」
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