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「ちょっと不味いことになったわ」


 膨大な数の勧誘に対する御断りメッセージを一件ずつ書き連ね、どうにか九割ほど片付いた頃合。

 そう言えば何故こんなもんを俺が書いてるのか、という至極真っ当な疑問に行き着いたタイミングと重なって、廊下で電話してたリゼが渋い表情で戻って来た。


「どうしたよ。SNSのやり過ぎで住所割られて連帯保証人にでもされたか?」

「アンタのネットに対する偏見ホントなんなの」


 馬鹿野郎、偏見なもんか。

 知り合いの兄貴の同級生だった伊藤くんとかな、ヤミ金の保証人にされてエラい目に遭ったんだぞ。

 一発逆転を目論んで、頭イカレた金持ちが主催したギャンブルに参加して、危うく奴隷落ちするところよ。


 今、何やってんだろ彼。

 噂じゃ過酷な労働を強いられる地下施設に放り込まれたらしいけど。






「で? 何が不味いんだ?」


 ひと通り作業も片付いたため、飲み物を淹れて休憩に入る。

 結局、全部俺が書いちまった。


 向かい合って腰掛けるリゼは……なんか苛ついてやがるな。

 どうしたよ、爪なんぞ噛んで。らしくもねぇ。


「これ」


 気だるげに伸ばした指先から展開された空間投影ディスプレイ。

 映っているのは、探索者支援協会発行の公文書。


「なになに……ほう、一桁シングルランカー同士の交流会とな」

「そ。毎年四月か五月頃、現探索者シーカー界のトップクラス達を集めて、有事の際に連携が取れるよう渡りを付けさせるための行事よ」


 ふーん。


「こいつに出たくねぇ、と」

「当たり前でしょ。考えただけで面倒」


 そりゃ確かに。

 一桁シングルランカーなんてのは、難度九や難度十の最難関ダンジョンを主戦場とする超人集団のばかり。

 そんな連中にとっちゃ、リゼの能力は喉から手が出るだけで済めばマシなほど欲しい筈。

 単なる顔合わせで済むワケねぇ。荒れることは火を見るより明らか。

 実際、さっきゴメンナサイした勧誘メッセージの中にも、一桁シングルからと思しきものが二通ばかり混じってたし。


 かと言ってシカトも難しい。

 交流会は探索者支援協会からの正式な依頼。断れば角が立つ。

 第一、こちとら協会には色々と世話になってる身分だ。最低限、顔は立てねばならん。


「……しょーがねぇな。よし分かった、当日は俺も行ってやるよ」

「話が早くて助かるわ」


 えーと、開催日は二週間後。場所は……なんだ日本か。


 尤も、現一桁シングルランカーはリゼ含めて四人が日本人。残りのうち一人も中国人だ。

 員数の偏った地域で催すのが合理的だわな。






「ところで」


 交流会の詳しい日程を検めるべく書面を流し見ていたら、ふとリゼが一声。


「実は不味いことって、もうひとつあるのよね。寧ろ、こっちがメイン」

「あァ?」


 盛大な溜息と共に、空間投影ディスプレイの表示が切り替わる。


 つい先程の時刻を示す通話記録と、見知らぬ男の写真。

 なんだコイツ。スカした感じの如何にもなボンボンだな。生理的にキツいわ。


 てか、この番号……リゼの実家じゃなかったか?


「婚約させられそうなの」





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