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――床面コンマ数ミリすれすれを、切っ尖が薙ぐ。
規則的なリズムで鳴り渡る風切り音。
さながら舞踊が如き、流麗な所作。
「えい」
〆に体育館ほどもある天井近くまで放り投げた大鎌を一瞥すらせず背面にて受け取り、そのまま肩へと担ぐリゼ。
遠目で固唾を呑んでいた衆目が、一斉に感嘆の声や唸りを漏らすのが聞こえた。
「大丈夫みたいね。誰かさんが荒っぽい使い方したから、メンテ明け早々に重心歪んでやしないかと思ったけど」
「その節は、ごめんなソーリー」
探索者支援協会甲府支部。
待ち侘びまくった新造防具の受領を済ませた後、着心地と機動性を肌で確かめるべくトレーニングルームを訪れた俺達。
「うぇーい」
顔の左右に開いていたスカルマスクをクローズし、ジャブと蹴りを数十発ずつ繰り出す。
……ふむ。
「裏地に使った悪皿の髪が絡み付くことで生まれる抜群のフィット感。髪質サラサラだから不快感もゼロ」
基本的なデザインの路線は先代を踏襲。
けれど使用素材が怪異・都市伝説系に属するクリーチャーの中でも人間に近い姿を持つ女怪のドロップ品オンリーとあって、隠し切れぬ猟奇性が節々より滲み出ている。
例えば脇の留め具とか、完全に指骨そのまんまだし。
「自首するなら付き添うわよ、シリアルキラー月彦」
「誰がシリアルキラー月彦じゃい」
尚、核式との兼ね合いで籠手はロンググローブに変更。
尤も防御力は――装備者が俺という条件でのみ――寧ろ桁違いに上がってるが。
しかし。
「リゼ。お前それ、どうなってんだ」
斜に構えた華奢な肢体を、まじまじと見遣る。
「単層だったスライムスキン、三重構造にしたんだろ」
「ええ」
首から下を余さず覆う、体型どころか臍の形まで浮くほど肌へと密着した生地。
正味、ビジュアルに限って言えば防具らしい要素など皆無だ。
「前よか薄っぺらく見えるんだが」
「実際薄いわね。プレスしてあるもの」
どうにも頼りねぇな。防御面大丈夫なのか。
「スライムスキンの加圧処理は億単位のコストが掛かるけど、強度も衝撃吸収性も加工前の数倍。そんなのが三枚重ねよ?」
下手すりゃ俺の新装備よりガード堅そう。
要らん心配だったっぽい。
「筋力強化だって、この通り」
光沢ある黒に包まれた細腕が、ひょいと五百キロのバーベルを持ち上げた。
すげぇな。素の俺よかパワーありそうじゃん。
「しかも肌触りが断然良くなるオマケ付き」
「ほー」
そう言われては確かめたくなるのが世の常。
手袋を取り、腹あたりを撫でてみた。
「すべすべだなオイ」
前はラバーゴムみたいな質感だったのに。
「月彦。くすぐったい」
「おっと悪い。つい好奇心が」
ちなみに三重構造化の弊害として
つまりギチギチパツパツから、すべすべパツパツに。
ディストピアな趣に富んでてカッコ良かったんだがな。あのギチギチ。
……ま、今のサイバーパンクっぽいテイストも、これはこれで全然アリか。
未来世界の戦闘員て感じ。大昔に一部界隈で人気を博したとかいうSF忍者集団を思い出す。
対魔なんちゃら、だったっけかな。忘れた。
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