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 時を、少し遡る。

 甲府迷宮二十一階層にて、リゼに俺のスキルを明かした瞬間まで。






「過去の、改変……本気で言ってるワケ?」

「本気も本気。この期に及んで、お前に嘘なんぞ吐かねぇよ」


 猫脚テーブルに腰掛け、飾ってあった花瓶を投げる。

 弧を描いた後、花瓶は床に衝突。粉々となった。


 だが。


「っ!?」


 音も無く元通りの形を取り戻し、床に転がる花瓶。

 否。あれは元から割れていなかったのだ。


「過去を変えれば現在いまも変わる。投げた花瓶が割れなかった過去を選んでのさ」

「差し替え、た……?」


 埒外な光景を目の当たりとしたリゼが、困惑気味に鸚鵡返す。


「改変と言っても、何でもかんでも思い通りに変えられるワケじゃない」


 分かりやすく説明するため、猫脚テーブルの上に魔石をバラ撒いた。


「テーブルから好きな数だけ魔石を取れ」


 困惑の色を残したまま、山積みの正十二面体を掴むリゼ。


「三つか。だが、何か違えば二つだったかも知れない。四つだったかも、五つだったかも知れない」


 実演する方が早いか。

 リゼの掌中にある魔石がを選び、差し替える。


「……え……あ、いつの間に……!?」

「例えば俺は、お前の握る魔石が実はダイヤモンドだった、なんて突拍子も無いことには出来ない。この実演だと精々、今みたく握った数を変えるくらいが限界だ」


 そもそも線路が敷かれていない場所を、電車は通れない。

 必要なのは『選択肢』と、それを見出すための『観測』。


「『実際に起きた結果』を『有り得たかも知れない別の可能性』と差し替えるスキル。過去を変えたい対象に目を凝らせば、選択肢となる可能性が浮かび上がる。理想の結果を強く思えば、そいつに最も近い可能性を選り分けてくれる」


 十三階層では、これを使って『倒れた探索者シーカーが毒を受けなかった過去』に差し替えた。

 イライザやリビングアーマーのドロップ品に関しても『ドロップした過去』を引っ張り込んだ。

 正規のドロップ率で、あんな数のパーツ揃えてられるか。頭狂うわ。


「お分かり頂けたか? シンプルだが恐ろしく利便性の高い、まさしく出来過ぎたスキルさ」

「……過去が変われば今も変わる筈なのに、変える前の出来事が記憶に残ってるのは、なんで?」

「そこら辺は俺の匙加減よ。残しといた方が都合の良い場合もあるからな。差し替え以前の痕跡を完全に消したいと思えば、俺以外からは消える」


 考え方次第では、未来予知などより余程に強大な異能。

 当然リスクもある。だが、使い方を誤らなければ――を変えようとさえしなければ、ぶっちゃけ微々たるもの。

 五分や十分程度の過去が対象なら、俺にとっては、ほぼノーコスト。


 可能性さえ視えれば、戦闘の際に深手を負った時も『攻撃を食らわなかった過去』に差し替えることでダメージを消せるし、必殺の一撃を避けられた時も『攻撃が当たった過去』に差し替えたら命中する。


 やらないけどな。ヌルゲーは御免だ、つまらん。


「人の死すら選択肢次第で覆せる。このスキルにとって重いのは対象となる過去のだけで、命の有無は大した問題にならないらし……ん? どうしたリゼ?」


 目、かっ開いて考え込んで。


「……いえ。今、何か物凄く画期的なアイディアを閃きそうに……うーん」


 要らんこと思い付いても手は貸さないぞ。

 このスキルは俺のストレスフリーのためだけに、独断と偏見で使うと決めてるのだ。






 そんな遣り取りを経た後、俺では全く浮かばなかった第二スキルの名は、割とあっさり『ウルドの愛人』に決まった。

 ウルドとは北欧神話に登場する運命の三女神の長女で、過去と偶然を司る神格らしい。

 成程、御誂え向きだ。


「だが何故、愛人。せめて恋人でいいだろ」

「女神の愛人とかアンタにピッタリでしょ? いかがわしい感じで」


 コイツ、人をなんだと思ってやがる。





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