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 骨も筋肉も腱も神経も血管も、余さず完璧に形を残した断面。

 溢れた赤い血が、飛沫となって虚空に散る。


 青く酸化するまでの数秒を彼方ほど遠く感じる六徳。

 脳髄が死でも錯覚したのか、やたら回る走馬灯じみた思考で以て現状を整理する。


「────」


 赫夜を纏い、更に『深度・弐』の『鉄血』で硬化させた身体を、いとも容易く断ちやがった。

 しかも一体いつ、どういう太刀筋で斬られたのか、全く分からん。


 今も『深度・弐』状態の『豪血』で張り巡らせた識覚を上回る速度で剣を受けたか、或いは意識の隙間に付け込まれたか。

 何にせよナメてた。この女、ややもすればハガネやシンゲン級の遣い手だ。


 と言うか──

 立ち姿からも、息遣いからも、重心からも、何も読み取れない。


 ──或いは。他ならぬ俺自身が、理解を拒んでいるのだろうか。


「月彦っ!」


 リゼの声が耳朶を叩く。

 悲痛な音で俺の名前を叫ぶんじゃねぇ。


 微塵も、問題は無い。


「あら」


 骨肉をバラされただけ。アラクネの粘糸は依然、繋がったまま。

 比較的、原形を留めた左腕で頭を掴み、白い女に投げ付ける。


「言ったろ。喉を食い千切る、てな」


 首ひとつあれば、そのくらい出来るんだよ。


「ぎょうぎが、わるい、ですね」


 紙一重、白鞘で払い除けられた。

 しかし返す刀で糸を絞り、身体を繋ぐ。

 整い過ぎた切り口が幸いし、接合は易々たるものだった。


 一旦、間合いを置いたところで、舞った血飛沫が甲板に滴る。

 遅ればせ青く染まり始めたそれを、女隷と一体化した赫夜が啜り、損傷を癒す。


「ふふ。また、いちげきで、しとめ、そこなって、しまいました」


 返り血の一滴すら及んでいないスーツの襟元を整え、再びコツコツと足元を叩く白い女。


 その所作からも、どの所作からも──奴の実態を、片鱗程度に読み取ることすら、出来なかった。


「どうなってやがる……」





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