510






 大学生活最後の夏休みが間近となり、隕石騒ぎの後始末も落ち着き始めた今日この頃。

 やれ内定が取れないだの、やれ単位が足りないだのと辛気臭いオーラ漂う俗世を離れ、自宅で寛ぎ中だった俺の元に見知らぬ番号からの電話が届く。


「――取材関係なら断固拒否だ。迷惑電話なら相応の覚悟を済ませとけ。こちとら発信先くらい触覚頼みに電波を辿って割り出せる。世界中どこに居ようがマッハ五百で叩きのめしに――」

〔約束を果たしなさい。カノウモビックリミトキハニドビックリササキリモドキ〕


 最長の和名を持つ虫の名前で罵倒されたのとか、恐らく人生初。

 もしかすると人類初かも知れん。






「そんなこんなで出掛けてくる」

「単位稼ぎに必死な私を置いて、どこ行く気」


 四つの空間投影ディスプレイを同時展開させ、課題へと取り組んでいたリゼに睨まれる。

 まだ卒業要件に届いてなかったのかよ。


「あと幾つ足りねーんだ」

「ジャスト二十」


 嘘だろセンセー。

 そも今の時期に単位云々で頭抱えてる奴とか、計画性って言葉を辞書引いて調べた方がいいぞ。


「三年の終わりまでで残り十単位くらいにしとくのがジョーシキだろ」

「…………」


 溜息混じりに告げたら、やけに緩慢な所作で、ちょいちょい手招きを受ける。

 なんぞや、と無警戒に近寄ったところ、アシダカグモが如き俊敏さで捕獲された。


「……アンタに正論を説かれると、普通の百倍くらい屈辱なのよね」


 失礼が過ぎる。


「大体なんでアンタは普通に単位取り終わってるの。自分のキャラクター性に沿った行動をしなさいよ放縦不羈」


 だって簡単だし。


「学業と探索者シーカーの両立も出来んアジャラカモクレン扱いを受けるのは心外の極みだ」


 アジャラカモクレンが何を示す単語なのかは、寡聞にして知らんけども。


「……つまり私を、そうだと言いたいワケ。なるほどなるほど、リゼさんは怒りました」


 馬乗りに押し倒され、黒塗りの十爪が胸元に突き立つ。

 多情入り混じった色合いを醸し出す視線が、至近距離で俺を見据える。


「『幽体化アストラル』」


 完全索敵領域の内に在りて尚、霞み薄らぐ存在感。

 両腕が胸中へ沈み、そのまま魂を掴まれる。


「歯型か爪痕でも付けてやろうかしら。謝るなら今のうちよ」


 ほう、そいつは興味深い。

 是非やってみたまえ。


「噛むわよ」

「噛んでみろ」

「引っ掻くわよ」

「引っ掻いてみろ」


 何故、段々と困り顔になるんだ。


「……あーやーまーりーなーさーいーよー」

「ええい、分かった分かった。俺が悪かったから、撫で回すのやめろ」


 魂の直触りは、滅茶苦茶くすぐったい。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る