199・閑話7






 ふと気付く。

 俺達を囲んでいた筈の狼共が、いつの間にか此方など気にも留めず、揃って同じ方を向いていたことに。


 千載一遇、攻めをかけるには絶好の機会。

 だけれど頭が回らず、棒立ちを決め込んでいたら――ひどく耳障りな音が、周囲を震わせた。


 四方八方から飛来する、黒にも赤にも見える十三の刃。

 直後。ロボの首が同じく十三、大柄な体躯に似合わず極めて俊敏なアイツ等が何ひとつ出来ないまま、ごろごろと地面を転がった。


「――はあぁっ」


 幾許かの間を置いて亡骸が消え去り、それと概ね入れ替わりで視界に差した人影。

 気だるそうな溜息を伴い現れたのは、身の丈ほどもある禍々しい大鎌を肩に担いだ女。


 ……ここは地上から最低でも三日四日はかかるような場所だ。

 だと言うのに、ぴったりと身体を覆う扇情的な装いは矢鱈に小綺麗で、顔には細かく化粧まで施してある。


 ダンジョンという過酷な現場に凡そ似つかわしくない、装備を着替えるだけでそのままデートにも出掛けられそうな風体。

 何らかの形で身を清める手段を持ってる証拠。上位の女性探索者シーカーに多く見られる特徴だ。


「あァ!? ビザの有効期限が二ヶ月しかねぇだと!?」


 次いで鳴り渡ったのは、粗雑な語調。

 鼓膜に沁みるような、通りの良い声。

 一瞬、獣の咆哮と錯覚した。


「んな体たらくで青木ヶ原を攻略するだの抜かしてたのか、てめぇ」


 崩れかけたブロック塀を蹴り壊し、砂埃を掻っ切って歩み出る、生粋のフダツキも道を開けるに違いない覇気を垂れ流した偉丈夫。


「勿論。それだけあれば十分だよ」


 その堂々と道を踏み均す足取りに続く、軍服に似た装束を纏った金髪の女。


 …………。

 どちらも知っている。有名人だ。


「藤堂月彦……ヒルデガルド・アインホルン……」


 片や今年度のSRCを制した覇者であり、延いては昨夏の九州に於けるカタストロフ沈静化の立役者。

 片や複数の世界記録を更新、遠く離れた日本にまで名を轟かせたドイツの超新星。


 何故この二人が一緒に。

 そんな些細な疑問は、すぐにどうでもいいものと成り果てた。


「とことんデカい口を叩きやがる。いいぜ、嫌いじゃねぇ」

「そう? 仲良くなれそうだね、僕達」

「はあぁ……脳みそポップコーンが二人に増えた……」


 まるで街中を散歩でもするように言葉を交わしながら、路傍の石でも払うみたいにロボが斃されて行く。

 俺達八人なら十五分はかかるだろう七頭の生き残りは――俺達よりも遥かにキャリアが浅い筈の二人の手によって、十秒足らずで全滅した。






 今日まで自分を天才だと信じ続け、疑いすらしていなかった。

 その言葉の意味さえ、知りもせずに。


「ここら辺まで上がっちまうと、あとはもう雑魚ばっかだな」

「魔石も小ぶりだしね。まあエステ代くらいにはなるかな……」


 藤堂月彦。

 ヒルデガルド・アインホルン。


 共にデビュー三年未満の新人でありながら、既に三十番台階層終盤の難敵を歯牙にも掛けない圧倒的な強さ。

 そんな掛け値無しのを目の当たりとして初めて、彼等の放つ異質な存在感を肌で感じて初めて――自分が井の中の蛙に過ぎなかったのだと、骨の髄まで理解した。


「あ……」


 彼等は立ち尽くすばかりの俺達に一瞥すら向けず、歩き去る。


 呼び止めようと思えば、出来た筈。

 だけど。声を上げることさえ、叶わなかった。






 いつか俺達は、高難度のダンジョンにだって挑める器だ。

 けれども決して、探索者シーカーの頂点には立てない。その程度の器だ。


 桁の違う、本物の才能を見てしまった。

 百年足掻いても届かない、影すら踏めないだろう、目が潰れてしまいそうなほどの極光を見てしまった。


 仲間達を振り返れば、一人残らず俯いてる。

 俺と同じように、思い知らされたのだ。


 悔しさすら湧いてこない。嫉妬さえも抱けない。

 ただ――ほんの少しの乾いた笑いだけが、喉を突いて、溢れ出た。





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