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「あ」


 そんなヒルダの気の抜けた声と合わせて、甲高い金属音が反響する。


 テレキネシス――『空想イマジナリー力学ストレングス』が生み出す力場を纏わせ、巨人の喉に風穴を穿ち抜いた二刀のサーベル。

 その片割れが、刀身半ばから折れた音。


「うわぁ、やっちゃった……」






「ふーむ」


 折良く下層の階段が近かったこともあり、一旦其方へ移動。

 冷たい石段へと腰掛け、折れたサーベルの状態を検める。


「見事に真っ二つ。破片すら散ってない。大したものですね」


 用いられた素材が相当に粘り強い証拠。

 見たこと無い金属だ。EU圏ダンジョンのドロップ品か。


 ――逆に言えば、それを損壊させるほどの負荷がサーベルに傾いたということ。


 無論、ヒルダはスキルにかまけたバカじゃない。

 寧ろ決して強力無比とは言い難い異能を鍛え、研ぎ澄まし、洗練させ、よく使い熟している。

 それを裏付けるように、折れたサーベルには殆ど刃毀れも歪みも無い。


 つまり、こうなった理由は。


「どう? 直せそう、かな」


 眉尻を落とし、コートの裾を掴みながら問うヒルダ。

 俺は少し考えた後、かぶりを振った。


「手持ちの道具で応急処置は出来るが、あんまり意味ねぇぞ」


 総合的な実力は今の俺より上と言えるヒルダの技量を以て尚、避けられなかった摩耗。

 サーベルが折れた理由は、偏にコイツ自身の性能限界だ。


「直したところで接合部分の強度は当然、前より劣る。結構な業物だが悲しい話、深層のクリーチャー相手に振るうにゃ役者不足だったってワケだ」


 付け加えるなら、つい昨日、吸撃の盾も二枚目が壊れている。


 そもそもヒルダの装備は――俺のもだが――深層での活動を想定した一式ではないのだ。


 どう頑張っても五十番台階層まで。

 十階層毎にクリーチャーの強さが大きく跳ね上がるダンジョンに於いて、この値を踏み越えることは割と致命的。


「他に武器と防具の持ち合わせは」

「無いよ」

「準備不足だな。迂闊が過ぎるぜ、深層用にワンランク上の装備くらい用意しとけよ」


 背後でリゼが物申したげに俺を見てる気がするけど、無視だ無視。


「簡単に言わないで欲しいね。ハイエンドモデル一式なんて億単位の金が要る」


 結局、金か。

 世知辛い世の中だこと。






 気に入ってたんだけどなぁ、と寂しげにサーベルを仕舞うヒルダ。

 さて。剣も盾も残りひとつずつになってしまったワケだが、どうするつもりか。


「仕方ない。消耗が激し過ぎるから、ダンジョンボスまで取っておきたかったけど」


 ――ぼちぼち、を出そうかな。


 溜息混じり、ヒルダがそう告げた直後。

 異様な寒気が背骨を奔り抜け――何か、硬いもの同士の擦れるような音が、鼓膜を引っ掻いた。





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