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 ――半歩、左にズレる。


 ほぼ同時に爆ぜ渡る衝撃と轟音、そして地鳴り。

 直前まで俺が立っていた位置に振り下ろされた、大型バスも縦に両断出来るだろう刃渡りを持つ戦斧。


「鉄血」


 砕け飛ぶ床の石材。

 静脈に青光を伝わせて身を固め、夥しい、散弾銃が如き破片の横雨を防ぐ。


 眼球も硬化するお陰で、普通なら目が潰れるような塵煙の内であろうと視界が保てるのは大きい。

 こんな爆音と暴風の渦中じゃあ、視覚以外の感覚は役に立たんし。

 流石に視える範囲は狭まるが。


「豪血――」


 致命傷になりかねないサイズの破片が全て通り過ぎた頃合、青から赤に『双血』を切り替える。

 未だ濃い煙と埃に紛れ、その中心に深々と食い込んだ戦斧へと立ち、長柄ポールを道代わりに駆け抜けた。


「――『深度・弐』――」


 煙幕を越えた先には、三対の眼と腕を持った巨人型クリーチャー。

 五十番台階層で出会った輩共よりも、更に巨躯かつマッシブな怪物。

 当然、力も数段勝る。


 だが『深度・弐』で跳ね上がった俺の速度に対応が遅れ、隙だらけの棒立ち状態。

 弱点の後ろ首、うなじを抉って欠伸が出るほどのタイムラグ。


「馬鹿力め。自分で作った死角を利用されてちゃ世話ねーぜ」


 そう口舌を紡いだ数秒後。

 未だ種族名すら定められていない新種は、倒れ伏して骸を晒すこととなった。






「飽きた」

「始まったわよ……」


 最早、価格帯が良く分からんサイズの魔石でリフティングをしつつ呟くと、リゼに溜息で返された。

 仕方ないだろ。飽きたんだから。


「ここの奴等は一辺倒だ。巨人巨人巨人、コンパチも大概にしとけ」


 細分こそ異なれど、大凡が同じなら対応も同じだ。

 第一、サイズ差が離れ過ぎてて向こうの攻撃手段自体、ひどく限られてる。


 先日の六十階層フロアボスを筆頭、一体一体の力は確かに破格。

 しかし己の膝より低い的となれば、さぞ狙い辛かろう。


 そのため、戦闘力は半減以下。

 どんなに強くとも、あのタフな巨体を貫く術さえあれば、テンプレートを確立しつつある現状、そこまで梃子摺る連中じゃない。


 とどのつまり、このエリアのキモはクソッタレな迷宮そのもの。

 確実に踏破可能な俺達にとっちゃ、ただ面倒なだけの、障害でもなんでもない代物に大きくリソースを割いた、つまらん場所だ。


「楽でいいじゃないか。首を吹き飛ばせば大抵の奴は死ぬし、音が響くから近付かれたらすぐ分かるし、儲けも中々だし。いやはや、このダンジョンはアタリだよ」


 宙に浮かせたサーベルを回しながら、からころと笑うヒルダ。

 俺からしてみりゃ、膨らみまくってた期待の分だけ大ハズレだよ。

 こんなことなら男鹿鬼ヶ島にしとけば良かった。


「せめてラスボスは歯応えがあることを祈るぜ」

「ふふふ。勿論、手強いなら手強いで構わないよ。後々、僕の名声が高まるからね」

「難度八の深層部で、そこまで言い切れるアンタ達の神経が羨ましいわ……」


 俺とヒルダの応答に対し、またもやリゼが深い溜息を吐き出す。

 やるせなく齧ったチョコバーの軽い音が、やけに耳の奥まで響いた。




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