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 十五日。


 艱難辛苦を乗り越え、へと至るまで要した日数。

 長いと捉えるか、短いと感じるかは……人によりけりか。


 ちなみに俺の個人的な視座で言わせて貰うと。


「随分、手間取っちまったな」

「……私の記憶が正しければ、片道二十日のプランだった筈だけど」


 担いだ大鎌で肩を叩きながら、喜怒哀楽の何れにも該当しない表情で告げるリゼ。

 なに眠たいこと言ってんだろうね、このお嬢様は。


「そりゃプランニング当初の俺達に妥当だった日数だろ」


 人間とは日々成長する生き物なのだ。

 遵って、予定とは常に繰り上がり続けるものなのだ。


「日就月将、秒進分歩、三歩進んでホップステップジャンピング。人生と書いてドラッグレースと読む。ノンストップ勇往邁進」

「意味分かんない。てかドラッグレースそれだと曲がれないじゃない」


 心配無用なり。元より曲がる必要などナッシング。

 クラッシュするまで直進コースだからな。






「兎にも角にも、まずは祝おうぜ!」


 大仰に両腕を広げ、爆竹とネズミ花火をバラ蒔く。

 盛り上がる時は、やっぱコイツだよな。


「次、前触れ無く巫山戯た真似したら蹴る」

「びっくり、したぁ……」


 不評が過ぎる。月彦さん悲しい。


「お前等、テンションひっくいな。この階段を下り切ったらが待ってるってのによ。もっとハジけようぜ」


 今現在、俺達三人が立っているのは、青木ヶ原天獄の六十九階層と七十階層とを繋ぐ細道。

 ゆるゆると階下より流れ、ヤスリの如く肌身を削る、あまりにも濃密な『死』の息遣いで満ち満ちた空間。


「たまんねェなオイ。身体が潰れそうだ」


 未だ姿も見えぬと言うのに、重圧すら伴う夥しい殺気。

 深層のクリーチャーともなれば、根本的に人間を上回る怪物ばかりだが、そうした中でもまさしく一線を画す存在感の発露。


「ぅるる……」


 喉奥から独りでに零れる唸り声。

 ふと気付けば、いつの間にか樹鉄刀を握り締めていた。


 ――ここ下ったら九割方、死ぬだろうなァ。


「ハハッハァ」


 つむぎちゃんに譲って貰ったアラクネの粘糸で無理くり接ぎ合わせた籠手を、右腕に嵌める。

 そのまま、表情こそ平静を取り繕いつつも、すっかり青褪めて震えるリゼを抱き寄せた。


「怖いんなら、ここで待ってても構わねぇぞ」


 ヒルダに聴こえないよう耳元で囁くと、暫し間を置いて返ったのは、眉間に皺の寄った鋭い視線。

 流石に、ちょいと意地の悪い提案だったな。


「すまんすまん。謝るから、そんな顔するなって」


 驚くほど華奢な肩から手を離し、階下へ向かって踵を返す。

 ちらと振り向けば、俺の軽口を受けて僅かにでも持ち直せたのか、少しだけ険の薄れた面差し。


 ……どうにか大丈夫そうだな。

 爆竹ブチまけた甲斐があったもんだ。


「んじゃ、行きますかね」


 粘土も同然に重苦しい空気の中、一歩を踏む。

 足取りは妙に軽やかで、やたら甲高く足音が響いた。





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