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 術後の検査と退院の準備に忙しかったつむぎちゃん及び親御さんに一足早い退院祝いを渡し、いざ渋谷へ。


「どしたよリゼ。渋い顔して」

「……ちょっと気まずかったわ」


 ああ。一面識も無い人達の病室に居るのは確かに手持ち無沙汰だったよな。

 よくよく考えれば何もリゼまで顔を合わせる必要は無かったワケだし、近くの喫茶店あたりで待ってて貰えば良かったか。


「つむぎちゃん、だっけ? 絶対、私のこと良く思ってないわよ」

「なんかしたのか。いい子だし、我が大恩人こと甘木くんの妹御だぞ。虐めんな」

「そうじゃなくて」


 頭の巡りが悪い馬鹿に一桁の算数でも教えるみたいに、リゼは俺の鼻先を指で弾いた。


「あの子。どう見ても、アンタのこと好きだもの」






「ここが渋谷支部か」


 到着。二十三区って意外と狭いのな。

 混み過ぎてて降り損ねたもんで一駅先の原宿から歩いて来たが、電車の意味あるのかってくらい近かったぞ。


「随分小さい支部ね」

「東京の一等地に広い土地なんざ、そうそう用意出来るかよ」


 五階建ての小ぶりなビル。

 まあ予約申し込みは電話かネットだし、一日に直接訪れる人数など知れてる。こんなもんだろう。

 難度一なら、ダンジョン自体に対する警戒も低いし。






 支部内に入ると、まるで区役所の窓口みたいな内装。

 受付奥の事務スペースでは、電話対応したり空間投影キーボードを打つ職員が数人。

 程なく手空きの一人が、カウンター越しに俺達へと一礼した。


「いらっしゃいませ、渋谷支部へようこそ。ダンジョンアタック御予約の方でしょうか?」

「ええ。九階層でアタック予定の藤堂です」


 そう名乗った直後、職員は少しだけ目を見開き、承っておりますと再度一礼。

 次いで壁に埋め込まれた金庫から、この手の役場では今時珍しい紙の書類を取り出し、手渡して来た。


「階段を下りた先の扉で、此方の数字と藤堂様の探索者シーカー登録番号ナンバーを打ち込んで下さい。そこからの詳しい御説明は、係員が行います」

「どうも」


 目礼で返し、リゼを伴い踵を返す。

 と。その間際に職員が、今度は立ち上がって深々と頭を下げた。


「あのっ……姪の件……本当に、なんと御礼を申せば良いか……!!」


 俺を空き枠に入れてくれた小比類巻家の親戚とは、彼のことだったらしい。

 姪の件とやらをどこまで聞いてるのかは知らないが、差し替えた過去で病院側に行った説明――ただ一度だけ死者を蘇らせた後、スロットから消え去るスキルを使ったという嘘八百を伝え聞いたのなら、此度の捻じ込みの動機も想像がつく。


「……気にすんな」


 背中越し、ひらひらと手を振る。

 職員は俺が階段の奥に消えるまで、ずっと頭を下げたままだった。





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