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 渋谷宝物館。

 ある意味、日本で最も有名なダンジョンのひとつ。


 構成は全十階層、攻略難度一。

 通常、価値の高い資源やドロップ品は二十番台階層以降に集まっているため、階層数が二十以下であることを意味する難度一から難度三は、中堅以上の探索者シーカーには見向きもされない。


 が。ここ渋谷宝物館を含む、世界に七つのみ『宝』を意味する語句が組み込まれたダンジョンだけは違う。


 他と同じくゴブリンが跋扈する迷宮エリアを越えた先、六階層以降を形作る洋館エリア。

 ダンジョンボスが坐す最奥を除いた四つの階層には、それぞれ一ヶ所ずつ、特別なクリーチャーの湧く部屋が存在するのだ。


 その特別とは、名を『スキルブック』。通称スキブ。

 倒せば百パーセントの確率で各種スキルペーパーの何れかをランダムドロップする、唯一無二のクリーチャーである。






「よく予約取れたわね」


 都心を目指す電車に揺られること暫く。

 ポテチ二枚をアヒルのクチバシみたいに咥えたリゼが、それを噛み砕きながら呟いた。


「私なんか五年待ちって聞かされた時点で諦めたけど」


 あらゆる探索者シーカーの生命線と呼ぶべき、千紫万紅のスキルを習得する唯一の手段たるスキルペーパー。

 それを安定供給可能な渋谷宝物館は、特に厳正な管理が敷かれた完全予約制ダンジョンだ。


 まあ、当然の帰結だろう。

 何せスキルブックが湧くのは一日一回。加えて前回に同じ部屋で湧いた個体が倒されていた場合のみ。

 入場規制をかけ、常に一定数を国が押さえていなければ、全国の新人探索者シーカー達が協会登録時の講習を受ける際、ランダム式なり選択式なりの違いこそあれ戦闘系に限った種類のスキルペーパーを、一枚とは言え無償で譲渡出来るだけの数など揃えられまい。


 尚、スキルペーパーが如何に貴重かと言えば、スロット持ちの大半は枠数が四つか五つにも拘らず、探索者シーカー達の習得しているスキル数は、およそ六割が三つ以下。

 カウント対象を戦闘系スキルのみに限れば、割合は更に増える。


 そこそこ居るからな。スキルを増やそうと比較的値段の安い、敬遠されがちなランダム幅が広いスキルペーパーを買って、有用性皆無の役立たずスキルにスロットひとつ潰された奴。

 実のところ、三年に満たない活動期間で効果的なスキルばかり既に四つ習得しているリゼは、かなり珍しい存在だ。最近知った。


「俺が取ったワケじゃねぇ」


 閑話休題。

 兎にも角にも、アタック定員が一日一人か二人限定の渋谷宝物館は、常に長蛇の列というのが現状。

 予約も入れてない俺が今回、何故その順番待ちに割り込めたか種明かしをすると、だ。


「小比類巻さん家の親戚筋に支援協会渋谷支部の職員が居てな。ちょうど今日、予約に一枠キャンセルが出たんで、つむぎちゃんの件での礼代わりに俺を登録してくれたんだと」

「……それ、いいの?」

「順番を全部繰り上げる手続きが死ぬほど面倒なもんで、たまーに同じような空きが出たら、みんなやってるらしい。上司の許可も貰ったとさ」


 規則的には黒寄りのグレーだろうけど、実害があるでもなし。

 車の影も形も見えない横断歩道で赤信号を渡るようなもんだ。


「てか、折角のスキルペーパーを私に渡しちゃうワケ?」

「スロットが全部埋まってる奴には無用の長物だろ。ついでに礼だの対価だの、そういうまどろっこしい上に的外れな話も一切無しだ。お前の戦力強化が叶えば今後助かるのは俺も同じだからな」


 そもそも、やろうと思えば、そこら辺のクリーチャーから何百枚でも出せるし。

 予約割り込みの話を受けたのも、単に折角の厚意を無下にするのがアレだったからってだけだし。


「……そ。なら、ありがとうは言わないでおくわ」


 聞き分けが良くて結構。





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