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 仰々しく分厚い扉を抜けると、そこは六畳程度の個室。

 強化ガラス越しの隣室で係員が細かい説明を行うための部屋……らしい。


「……以上になります」


 係員曰く、渋谷宝物館に入る上でのルールは主に三つ。


 ひとつ。滞在は十二時間以内に留めること。

 ひとつ。洋館エリアでは指定された以外のスキルブック出現ポイントに入らないこと。

 ひとつ。アタック中は支部のモニターを俺達の体内ナノマシンとリンクさせ、ダンジョンを出るまでの間、視覚と聴覚の情報を共有させて貰うこと。


「更衣室とシャワールームを出た先の端末で、ペアリングとデイリーパスの入力を。帰還の際も同端末でログアウト処理をお願いします。時折、忘れたままシャワールームに入ってしまう方が居ますので、ご注意下さい」


 ナノマシンへの干渉を許可する日替わりパスコードか。どうやって表示すんだっけか。

 つかアレだな。つまり今回のアタック中は迂闊なこと言えないな。


「リゼ」


 立てた人差し指で、ちょいちょいと唇を叩く。

 リゼは暫し怪訝そうに眇めた後、得心した風に頷き――俺の首に両腕を回す。


「いや何すんだ」

「何って、キスして欲しいんでしょ。届かないから少し屈んで」


 誰が頼むか、そんなこと。

 今のは『ウルドの愛人』について喋るなって意味だ。分かれ。


「馬鹿ね冗談よ。ちゃんと分かってるわ」

「お前の冗談は判別しにくい。表情筋を動かせや鉄面皮め」






 個室を出て装備を整え、ダンジョンゲート手前の扉でパスを入力し、いざ入場。

 と言っても、五階層までは甲府迷宮と変わり映えしない景色が続くんだが。


「流石に道順は違うのな」

「別のダンジョンなんだから当たり前でしょ。さっさと下りるわよ」


 普段のアタックでは面白味に欠けるため、既に自力で攻略済みの階層でしか使わない腕輪型端末のマップデータを表示。

 甲府迷宮の同階層よりも、だいぶ狭い。道さえ明らかなら、一時間かからず洋館エリアに出られそうだ。


「お、ゴブリン発見。渋谷宝物館の初ゴブいただき」


 ステップインで間合いを詰め、右ストレート炸裂。昨日動画で見たボクシングの試合を真似てみた。

 頬骨を砕き、尚も余った勢いが頸骨をヘシ折り、足元から崩れ落ちるゴブリン。

 綺麗に決まった。決まり過ぎた。


「素晴らしいパワー。これが完全体か」

「完全体……? どうでもいいけど、私に触る時はちゃんと加減しなさいよね。骨とか折られたら、たまんないわ」


 誰が折るか。知性ゼロのパワーキャラじゃねーんだぞ。





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