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 僅かに空間を歪ませる。

 言葉にすれば大したことが無いようにも聞こえるが、実際は極めて多芸な能力だ。


 例えば、歪みを得物に纏わせて振るったなら、その太刀筋は空間を裂く。


 向けた相手の硬度も性質も一切合切を無視し、根本より両断する、謂わば『空間斬』。

 こいつを『流斬ナガレ』と組み合わせたなら、一割ヒトツキ分の呪詛を篭めただけで、ほぼ『処除懐帯』と遜色無い威力を発揮出来る。


 しかも有効射程は『流斬ナガレ』の優に

 本人曰く、最長で。


「十三マイルズよ」


 らしい。嘘か本当か知らんけど。

 つか何故にヤード・ポンド法。


 どちらにせよ、そこまで離れた標的に狙いを定められるほどリゼの知覚範囲は広くないが、その点は『ナスカの絵描き』で補った。

 頭上数十メートルからの俯瞰視点。そいつを基点に空間を歪めることでを能わせ、擬似的な遠隔透視能力を得たのだ。


 つまりは防御困難な特質を孕んだ超長距離斬撃と、その射程圏内を精微に見通す千里眼の両立。

 ダンジョン深層部の玄関先、人智の光さえ届かなくなりつつある魔境たる五十番台階層をも蹂躙せしめるには、十分な武器と言えよう。


 しかし、しかしだ。それさえ『ベルダンディーの後押し』にとっては氷山の一角に過ぎない。


 ――空間を歪めて『幽体化アストラル』発動時の位相を調整し、同じ幽体や属性エレメンタル、そして呪詛をも擦り抜けられるようになり、延いては幽体状態での呼吸すら可能となった。

 ――時間経過の存在しない、出し入れも瞬時に行える亜空間ポケットを作ることで、圧縮鞄の完全な上位互換と呼べる物資収納能力を得た。

 ――自分自身という空間の一部、例えばテロメア配列などのに関連する諸々を固定し、肉体年齢の進行を完全停止させた。

 ――逆に細胞分裂や消化吸収の速度を上げ、『呪胎告知』で削り取った骨肉のスピーディーな補充を能わせた。


 そして何より――空間を裂く斬撃同士を幾つも重ね合わせた際、生じる亀裂に己の意思を取り憑かせた呪詛を注ぎ込むことで、望む場所へと繋がる抜け穴を作れるようになった。


 世界中探し回ったところで十人にも満たないだろう、超絶レアな空間転移能力。

 しかも恐らく、精度も範囲も使い勝手もダントツで首位。


 …………。

 差し替えた張本人が言うのもアレだが、便利過ぎだろベルダンディー。だいぶ人の領域を離れてやがる。

 尤も、大半はリゼのスキル構成だからこそ、複数のスキルを十全に使い熟せるリゼだからこそ出来る芸当だけれども。


 無論のこと、自己を基点に空間を歪めるという特性上、使用時には相当な注意を払わなければ痛い思いをする羽目になる。

 そういう意味合いでは、能力相応のリスクを抱えた難しいスキルだ。






 尚、差し替える前に習得した本来のスキルは、まさかの『魅了チャーム(仮)』だった。語末が(仮)なのは名前を決めるより先に差し替えたからである。

 女性型クリーチャー特有の魔法と思ってたが、人間側にも似たやつあったのな。


 しかもアレには、不老と美化の効果まで含まれていた。

 よもや自力で悲願を引き当てるとは、なんて運の強い。嘗ての『飛斬』の時といい、ガチャの神様に愛され過ぎだろ。


 いっそ、あのままでも、それはそれで良かった気もするけど、スキルの副作用で瞳がピンクに変色したのが相当に嫌だった模様。

 あと、俺に全く効かなくて面白くないからと、予定通り差し替えに至った。


 結果的に遊ばれず済んだのは助かったが、逆に、なんで効かなかったのか。

 ヒルダの奴は一瞬で恋奴隷にまで成り下がってたのに。止めなきゃ靴舐めてたレベル。


 ……うん。マジ助かったわ。





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