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 ふいー、休憩終了。

 そんじゃま、ぼつぼつ攻略再開しますかね。


 つっても、魔界都庁六十番台階層で最難関とされるのは六十八階層。

 ここより難易度が低いのであれば、六十九階層に魅力なぞ感じられない。


「リゼ、七十階層に直通頼む。もうダンジョンボス行っちまおう」


 この面妖な星空にも、正味だいぶ飽きてきたし。


「りょ」


 気だるそうに腰を上げたリゼが、レッグホルスターからチドリを抜く。

 正しくは、樹鉄刀のついでで果心に改造させた『マゼランチドリ』を。


「……改めて考えたら、イチモクレンの高周波振動機構って敢えて特許取らずにブラックボックス化させてる筈なのに、よく手入れ出来たわよね。あの年齢性別不詳」


 そりゃ出来るだろうさ。


「元々そいつを作ったのは果心だ。十年くらい前まで本社に勤めてたとか言ってたぜ」

「は? あんな大手の根幹技術のひとつを?」


 お仕着せの無個性な剣ばかり造るのが嫌になり、高周波振動機構の基礎設計データを渡す代わりに辞表を受け取らせたらしい。

 まあ、ああいうタイプに真っ当な社会人生活なんざ無理だろ。


 俺も人様のことは言えんが。






「ふーっ」


 前と比べて刃の形状が複雑化したナイフを構え、深く吐息するリゼ。


 程無く『呪胎告知』の発動により、剣身が揺らぎ始める。

 半分ってとこか。斬れ味と強度の向上は勿論、篭められる呪詛の量が増えたのは単純にデカい。


「やっぱダンジョンの外みたく一割ヒトツキじゃ無理そうか」

「ええ。階層毎に空間が隔たってる分、最低でも五割イツツキは必要ね」






 リゼが青木ヶ原天獄で俺に差し替えを望んだスキルの条件は、延べ五つ。


 一。戦闘能力を飛躍的に向上させられること。

 二。命を削るような重い代償が無いこと。

 三。戦闘以外でも高い汎用性を発揮すること。

 四。他のスキルと組み合わせて扱う余地があること。

 五。何らかの形で不老効果を持っていること。


 容赦無いトッピング全乗せ。ぶっちゃけ相当な難事だった。


 とは言え、望みのスキルに差し替えてやると約束したのは他ならぬ俺自身。

 反故とかカッコ悪過ぎて死にたくなるので、目を皿にして過去の可能性を見極めた。


 そんな苦労の果てに探し当てた、ひとつのスキル。

 名を『ベルダンディーの後押し』。世界最初の習得者たるリゼが、そう名付けた。


 延いて、その効果は――『習得者を基点とし、僅かに空間を歪める』というもの。

 簡単に説明するなら、本当に、の異能。


「――――ああぁぁぁぁああぁぁっっ!!」


 赤とも黒ともつかない軌跡が、狂った笑い声にも似た風切り音を響かせ、奔る。

 そのまま十三に裂けた斬撃は、八方より一点目掛けて収斂し、寸分狂わぬタイミングで同時衝突。


 鼓膜に刺さる奇怪な音色と併せ、罅割れる空間。

 広がった亀裂は、やがてボロボロ崩れ落ち、人一人通れるサイズの風穴を穿ち抜いた。


「ん。開通」


 ご苦労さん。





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