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 軍艦島三十八階層。

 本来なら遠征最終日の舞台だった一角で、水銀刀の独特な剣戟音が鳴り渡る。


「ハハッハァ! テメェ日本の田園風景に死ぬほどそぐわねぇな、えェ!?」


 上等なスーツを着込んだ、八尺様に負けず劣らずの上背。異様に長い手足。剥き卵のようにつるりとした、のっぺらぼうな頭部。背中から無数に生えた触手。

 海外発祥の都市伝説『スレンダーマン』。猫背で立ったままピクリとも動かず、けれど素早く細微に触手を操り仕掛けて来る猛攻を『豪血』状態で捌き続ける。


 ――手強い。


「チイィ……メインディッシュと遭遇すらしてねぇのに無駄な消耗は避けたいが……!」


 十分そこらしか連続使用出来ない『双血』を、既に一分近く使わされている。

 増血薬の適量は一日一本、精々二本が限界。

 ここまで下りて尚、未だ八尺様の視線が遠い現状、回復カードを切るのは下策。


 とは言え決定打を見出せずにいるのも確か。

 やはり近寄らせてくれない相手とは相性が悪い。


「捕まえて引っ張り寄せてやろうにも……!」


 さっきやったら、すっぽ抜けた。

 コイツ、触手を自切しやがるのだ。タコかよ。


「――そっちはどうだ! 片付きそうか!?」

「無理」


 少し離れた地点で別のクリーチャーと戦うリゼに声を張れば、短い返答。

 当たり前か。アイツがり合ってるのも、こっちと同じくのクリーチャーだ。


 スレンダーマンに負けず劣らずの猛攻を『幽体化アストラル』で回避している。

 呪いの類を『消穢』で打ち消せるリゼにとって、あの状態で脅威となるのは呪詛系以外の魔法や属性エレメンタルのみ。怪異・都市伝説系のクリーチャーでは太刀打ち出来まい。

 ……が。


「ああもう……息継ぎくらい、させなさいよ……ッ」


 肉体を幽体へと変化させる『幽体化アストラル』は発動中、呼吸が出来ない。加えて、全力疾走と同等の消耗を強いられる。

 一度の持続時間は、十数秒が関の山。


「やっぱ継戦能力に難があるなァ! 俺達二人とも!」


 普通に考えて、全力戦闘など数分も続けば大したものだが。プロボクサーの試合とか見てみろよ。

 疲労を無効化するスキルは存在するが、あれだって時間制限付きだし。


「分かってるならっ……さっさと、倒して……」


 出来るならやってる。

 モーションは既に大体盗んだけれど、間合いを詰める方法を思索中。

 身体を硬化させて無理やりなんてのも考えたが、触手の一撃一撃が速いし重いしで『鉄血』だと力負けするんだよな。踏ん張って耐えるのが精一杯、前進とか無理。






 ――結局、倒すまで三分かかった。次も、まだ一分くらいかかりそうだ。

 流石は根本的な部分で人間を上回り始める四十番台階層のクリーチャー。そう容易く鎧袖一触とは行かないか。





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