98






 フロアボスが待つ階層には大勢で殴り込みをかけ、袋叩きとする。

 ドロップ品どころか魔石ひとつ落とさない上に討伐ポイントすら設定されていない、何の旨味も持たない邪魔者を片付ける際の常套手段。


「十階層くらいの奴が相手だと最早ただのリンチだな」

「ね」


 リンチでミンチにされた巨大ウーパールーパーことムツゴロウさん。

 命名権を得た奴が無学だった所為で外見とは全く違う生物の名を与えられた挙句、五分という短過ぎるリポップタイムゆえ延々と狩り続けられる悲壮な運命。

 そこに加えて、この仕打ちとは。


「あんまりだぜ」

「トドメ刺した奴が何言ってるのよ」


 それはそれ、これはこれ。






 本来とは一切異なる階層のクリーチャーが混在してるってのは、それだけで厄介だな。

 そのエリアでの適切な動きが、平時と大きく変わってしまう。


「平原エリアを駆けるテケテケ。そいつを追い回す探索者シーカー

「シュールね」


 あ、テケテケ転んだ。

 手じゃアスファルトで舗装されてない道はキツいよな。可哀想に。






「リゼ。何か感じるか?」

「……いいえ」


 二十五階層。

 四日前に八尺様と遭遇した場所で、一度立ち止まる。


「分かっちゃいたが、もうこの辺には居ないか」


 カタストロフを沈静化させるにあたり、協会から出された指示は『可能な限り多くのクリーチャーを倒し、魔石を回収する』という極めて単純なもの。

 当然だ。日本の探索者シーカーは軍人でもなんでもない。数百人単位での統率された動きなど不可能だし、そもそも細かく段取りを組む時間だって無い。腕輪型端末のメッセージ機能も階層を跨ぐと届かんし。


 よって無闇に指示を与えて精彩を欠かせるくらいなら、気心の知れたパーティで各個ガンガンいこうぜ状態にした方が遥かにマシ。

 大雑把にの振り分けのみ行い、あとは自由にやっていいと御墨付きを貰ってる。


 ……けれど。三十番台階層後半以降に到達している幾つかのパーティには、直々の指令と言うか、依頼があった。


 ダンジョンボスである八尺様の捜索及び撃退――可能なら、討伐。


「恐らく、もっと下だ」


 フロアボスやダンジョンボスが魔石を残さない理由は、ダンジョンから直接エネルギーを供給されているためだと言われている。

 普通のクリーチャーが魔石というバッテリーを内臓して動き回ってるのに対し、ボス共は電源ケーブルに繋がれてるようなイメージ。コンセントの遠くには行けない分、出力もエネルギー総量も大きい。


 つまりボスを倒せば、効率的な損耗に繋がる。

 エネルギー過多のダンジョンを鎮めるには打って付けな相手ってワケだ。


「どうやら、俺を奥深くまで誘い込みたいらしいな」


 八尺様はテリトリーに入り込んだ若い男を気に入ると、殺さず手元に置く習性がある。

 そして先日の行動、戦いもせず俺達の前から姿を消したことを見るに、奴は俺を気に入った可能性が高く、ダンジョン内に居れば姿を現わすだろうという見積もり。


「モテて良かったわね」

「生憎好みじゃねぇ」


 首の後ろに焼き付く、チリチリとした感覚。

 距離こそ未だ遠くも熱烈な視線を手繰りつつ、リゼと軽口を叩き合う。


「しかし馬鹿なクリーチャーだ。俺達が少なからず疲れてた四日前に戦っておけば、まだ勝機のひとつもあったろうに」

「……ね」


 なんて顔してやがんだ。珍しく及び腰か。

 フロアボスだろうとダンジョンボスだろうと、る前から後ろ向きでどうする。


 相手がどんな怪物であれ、噛み付きゃ取り敢えず歯型は残るんだよ。






「ねぇ。興味本位で聞くけど、アンタの好みってどんな女?」

「あァ? あー、そうな……尻のデカいボーイッシュ系。北欧っぽい見た目で一人称が『僕』なら尚良し」

「…………」


 気の毒なものを見る目はやめろ。世の中は広いんだ、探せば居るかも知れないだろ。

 理想は高く持ちたい。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る