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動脈を伝う赤い光芒が黒へと移った瞬間、セカイが軋んだ。
「ッ……『呪血』……!」
併せて、ヒルダの顔色も変わる。
このタイミングで『呪血』のカードを切るのは想定外とばかりの、苦々しげな渋面。
ふむ。まあ確かにメインの『豪血』や『鉄血』どころか、使い所が難しい『錬血』と比べてさえ発動頻度は相当少ないし、これでクリーチャー共を片付けても達成感ゼロだから、正味あんま好きじゃねぇけど。
でも使うべき時にはキッチリ使うんだぞ。気が向いたら。
「ぐ、ぅ、くっ。面倒、なっ」
……なんか、やけに『呪血』の効きが悪いな。
あの鎧と『
恐らくは、そもそも俺への注意が散漫なのだ。
しかも。
「どうなってんだァ」
建物が、街並みが、地が、空が。見渡す限りの一切合切が、痛々しい高音を鳴り渡らせ、歪み始めている。
俺の『呪血』は無意識の
…………。
ああ。そうか。そういうカラクリか。
「なーる、ほーど、な」
――『呪血』を解く。
セカイ全域が僅かに傾いた状態で収まる崩落。
内側から骨肉が捩れる痛みより解放されたヒルダが、片膝ついて此方を睨む。
「はっ……はぁっ……手心でも、加えたつもり……かな?」
「冗談」
そんなもんは、もっと殊勝な人間が考えるこった。
単に『呪血』で
大体、あと四半秒でも解除が遅れていたら――喉笛に馬鹿でかい風穴を空けられるとこだった。
「つくづく油断ならねぇ。俺の感覚が『呪血』で鈍った隙に、鉄筋の破片を不可視化させて飛ばしやがったな」
身体能力も感覚能力も著しく下がっていたため間一髪で避け切れず、首筋から噴き出す血。
無論すぐに、血が空気に触れて酸化し青く染まるよりも早く堰き止めたものの、ざっと数秒分は『深度・弐』の持続時間を食い取られた。
「……ま。スキルの謎を解いた駄賃と思えば、安いもんか」
小さく零した呟きが届いたのか、目を見開くヒルダ。
余裕ぶるのが好きなくせ、直情的過ぎてポーカーフェイスに向かん奴め。俺も人様のことは言えんか。
「ハハッハァ。んじゃ、楽しい楽しい種明かしタイムと洒落込もうぜ」
自由に環境設定が可能な異空間の構築。
俺はヒルダのスキルに対し、そういう類のものだろうと、ひとまずのアタリを付けていた。
けれど違った。前提から誤ってた。
――何故、このセカイは物理法則が曖昧なのか。
――何故、人も物も悉く、その組成に齟齬があるのか。
――何故、ヒルダの意識が俺以外に散っているのか。
――何故、本来なら矛先が向く筈の無い対象にまで『呪血』が影響を与えたのか。
「ヒルデガルド・アインホルン」
それら全ての疑問へと納得を齎せる回答自体は、幾らでもある。
が。その中で最も突拍子無い、およそ馬鹿げた荒唐無稽こそ正解だと、直感が告げていた。
「お前の最後のスキルの正体は――
――想像の具現化、だろ?」
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