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「……ああもう。理解に苦しむよ」


 暫し沈黙を挟んだ後。どこか放心した様相で、溜息混じりヒルダが告げた。


「暴いてみろなんて煽ったけど、正直に言えば無理ゲーと高を括ってた。キミもしかしてエスパー?」

「まさか。霊感だの第六感だのはリゼの領分でな」


 俺の知覚は『ウルドの愛人』の副産物たる『有り得たかも知れない可能性』の認知。即ち一種の過去視を除けば、あくまで五感の延長。

 尤も、その五感が鋭過ぎるあまり、本来なら視えない筈のものや聴こえない筈の音を、見聞きしてるも同然に認識出来ているが。


「つーか確たる論拠ありきの結論ってワケでもねぇ。半分以上は憶測だァよ」


 強いて言うなら、ふと思い出したのだ。

 青木ヶ原天獄六十階層フロアボス、限りなくリアルに近い幻覚を操る女巨人スカディ。

 奴のを砕く際『呪血』を用いた時の感覚。

 それが先程の光景とダブった。


 あの時と同じ理屈。

 想像の産物。故にヒルダの意識が細部まで巡っている。だからセカイ全体を『呪血』が蝕んだ。

 こう考えれば、他一連の疑問にも差し当たり得心が通る。気がする。


「以上、月彦くんの突発的推理ショー終わり。真実は概ねひとつ」

「おめでとう。釈然としないけど大正解だ」


 気の無い拍手。

 ヒルダは苦虫を噛み潰したような顔で双剣を自身の傍らへと浮かせ、大雑把に伸びた金髪を掻き上げた。


「スキルの名は『アリィス・トラオム』」


 直訳で『アリスの夢』か。

 不思議の国がモチーフのスキル名って、そこそこ多いんだよな。世界的に有名なタイトルだし。


「頭蓋の中身を現実へと持ち出す異能。僕が思い描いたものは余さず実在を得る」


 色とりどりの菓子、ドレスを着たビスクドール、大きなぬいぐるみ、煌びやかなアクセサリー。

 ぽこぽこと虚空より現れた品々が、そこかしこで舞う。


 さながら童話の魔法使い。エスパーはどっちだ。

 てか想像のチョイス、ファンシー過ぎてウケる。


「世界丸ごとのメイキングも意のまま」


 崩れ果てた街並みが、逆再生の如く元に戻る。

 更には雪風吹き荒ぶ氷原に、太陽照り付ける灼熱の砂漠に、大波が逆巻く嵐の海に、切り立った岩で囲まれた峡谷に、何も無い真っ白な空間に、転々と変わり行く。


「どうかな? 造物主が如き力だろう?」

「あー、すげーすげー。ついでに海でズブ濡れになった俺の服を乾かして貰えたりなんかしたら、スタンディングオベーションかましちまうけどな」


 割と気を遣いながら戦ってたのに、結局つむぎちゃんの選んでくれた服が台無しだ。


「……可愛くない態度だなぁ……オーケー。僕の機嫌を損ねたら一体どんな目に遭うか、教えてあげるよ」


 眉を顰めたヒルダが指先で銃の形を作り、俺を指す。


「ねえ、ツキヒコ」


 耳の奥から、撃鉄を起こすような音が響いた。


「――死んでくれる?」





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