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「話は、u-aから聞かせて貰ったよ」


 テーブルを挟んだ対面に掛ける、優男風な五十がらみのオッサン。

 シンギュラリ・ティーカップの生みの親たる……ナントカ博士が、俺に深々と頭を下げた。


「また君に救われた。感謝の言葉も無い」


 何博士だったか。全然思い出せん。

 頭の中がナントカで埋め尽くされてる。ゲシュタルト崩壊だ。


「そう言えば、前は自己紹介すらしていなかったね。私の名は南鳥羽なんとば、宜しく頼む」


 割と惜しいじゃねぇか。ナントカ。






「うぇーい!」


 吉田警報発令。

 反射的に身構えたが、ウェイ違いだった。

 紛らわしい。


「うぇい?」

「日本語、英語、ドイツ語、ロシア語、フランス語、イタリア語、北京語、上海語、ヒンディー語、アラビア語、スペイン語、博多弁のどれかで話せ。パリピ語は未履修だ」


 溜息混じりに告げると、目に優しくないカラフル女──6THは、立て板に水の勢いでスペイン語を喋り始めた。

 しかも、その内容が意味分からん。


「何故ヒポクラテスの誓いを詠み上げた」

「んふー。アタシ、こー見えて最先端技術の粋を集めた有機無機複合ガイノイドだし? 教養アピ的な?」


 ロボットゆえ様々な情報こそ蓄えているようだが、そいつを扱う知性の部分は既に残念さが垣間見える。

 知識量イコール頭の良さじゃねぇぞ。肝心なのは機転だ。


「ねーねー、ところでルナくんさー」


 ルナ? ああルナか。月彦だけに。

 初手あだ名とかコミュ力の化身かよ。許される奴が相当限定される振る舞いだぞ。


 まあ別にいいけど。呼び名なんざ、どうだって。

 月彦でもルナくんでも、ゴミカスクソ野郎でも好きにしろ。


 ゴミカスクソ野郎は流石に嫌だわ。


「それでー、にゃんこの手も借りたい系のー」


 しかしコイツ、捲し立てる会話の内容に一貫性が乏しい上、人の周りをチョコマカと落ち着きの無い。

 ここはひとつ、動きを封じるか。


「この前はー、u-aが左手をロケットパンチにするとか言い出してー」


 テーブルに飾られた花を一輪、手折る。


「みっ」


 そいつを、6THの髪に挿した。


「あんまり忙しないと、折角の花が落ちるぞ。静かにしとけ」

「………………………………ぁい」


 ぼうっとした様子でソファに座り、十爪全て異なる色へ塗り分けた指先で花弁を撫ぜる6TH。

 理由は測りかねるが、想像を絶するほど大人しくなったな。結構。






「豆腐の角に頭ぶつければいいのに」


 一方、僅かに開けたドアの隙間から此方を窺っていたu-aが、全く抑揚の無い語調で呟く。

 俺が何したってんだ。





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