763・Hildegard






 想定外のシチュエーション。幾許かの混乱と、ごく短い硬直。

 そんな、気が遠くなるような悠長を過ごす間にも、事態は転がり続けた。


 当然、良からぬ方向へと。


「えぇ……嘘ぉ……」


 ドーム内に続々と現れる蚩尤達。

 手足の指を全部使おうと、到底数え切れない軍勢。


 気配を読むとか、力量を推し量るとかが得意と言い難い私でも、は流石に理解わかる。


 文字通り──死ぬほどヤバい。






 神話曰く、蚩尤には同じ姿をした八十一の兄弟が居るとか、なんとか、かんとか。

 眼前の絶望的な光景を見渡して、いつか誰かに聞いた話を思い起こし、小首を傾げる。


「?」


 なんか一匹分、頭数が合わない。


 そりゃ、こいつ等は蚩尤の名こそ冠せど、その実態は異界から訪れたクリーチャー。

 つまり似てるってだけの、中国神話の悪神と同じ名前を与えられただけの、別物。


 しかし。言い伝えられる特徴を忠実になぞっておいて、数だけ違うというのも不自然。

 神や幻獣の似姿を持つクリーチャー群は、外見に留まらず能力も似通うものが殆ど。

 九分九厘、きっかり八十一匹、しっかり在る筈。


 となると欠員は近所のコンビニあたりに買い物でも行ってるのか。

 或いは。既に討たれているか。


「……ああ」


 ふと脳裏を掠めた、きつい目つきの細面。

 中国最強の軍人であり探索者シーカーメイウェイ

 私達と同じ『十三の牙』の一人。


 巨大隕石を正面から粉砕出来る対国家級の戦闘能力は勿論、前戦指揮官としても優れた彼女が数百人の精鋭を率いれば、もしかすると一匹くらいはワンチャン。

 てか六趣會とブラックマリアを除けば、そも他に候補が思い当たらない。


「いや、まあ、いいか別に。誰だって」


 巡る疑問符を振り払う。

 脇道の思考に貴重なリソースを注げるほど、余裕綽々じゃない。

 九十階層フロアボスが群体型とか、冗談よしこさん。


「ちっちっ」


 演算装置が、素早く計算結果を弾き出す。


 現状のまま戦い続ければ、恐らく七匹目か八匹目を仕留めると同時、私は力尽きる。

 然る後、奴等は何匹かを犠牲にしつつもドームを破り、ツキヒコ達を襲うだろう。


 そうなれば、めでたく私達は総崩れ。


「……ざけんな」


 死ぬこと自体に恐怖は無い。

 どのみち身体を改造し過ぎて、あと十年も生きられやしないんだ。


 それなりに欲しいものは手に入ったし、好き勝手やれたし、贅沢も味わえた。

 あと二年あれば連邦大統領になって美男美女のハーレムを作る野望が叶いそうなところで斃れるのは、正直かなり惜しいけど。

 ともあれ、ボチボチな人生を送れたと思う。


 ──でも、こんなところで一人寂しく死ぬのは嫌だ。

 自分の所為で友達を死なせるのは、もっと嫌だ。


「僕は、いい感じに最期を看取られたいんだよ……!!」


 ならば、どうするか。

 決まってる。迷うにも、考えるにも及ばない。


「『捨身飼虎』」


 奥の手を、切った。





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