764・Hildegard






 ──『捨身飼虎』。

 発動から二十四時間、任意の数だけスキルを封じる代わり、ひとつにつき三分間、残ったスキルを凶化させる異能。


 封印対象は、この盤面での有用性が見込めない『凪の湖畔』と『ピーカブー』。


「ああああ、ああああああああっ」


 視界が赤く染まる。

 尾から逆流した毒が背骨を伝い、五体を蝕む。


 体表面で弾け飛ぶスパーク音。

 全身を包む九重の力場が暴れ、骨や内臓を軋ませ、圧し潰す。


「くくっ、かはっ、あははははははははっ」


 スキル凶化の影響で、気性の荒さも増して行く。

 過剰分泌された脳内麻薬が痛みを鈍らせ、押し付けるかのように快感を与える。


「三番回路、再接続」


 最早、戦闘終了後の己が生死など、取るにも足らぬ些事。

 ただ殺したい。目の前の敵を叩き殺したい。

 それだけ。それだけ。それだけ。


「モーントシュタイン・システィーム・マクスィムム」


 無明の闇夜に、光り輝く月長石をバラ撒く。


「さ。鏖殺だ」


 地獄の底にだって、辿り着けるように。






 斬れ。

 裂け。

 打て。

 撃て。

 潰せ。

 砕け。

 貫け。

 抉れ。

 殺せ。

 殺せ。

 殺せ。

 殺せ。

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ──。


「ごぼっ。ごえっ」


 挙動の都度、どこかが壊れる。

 失くし過ぎた血、生体部分へのダメージを補填すべく、首筋に薬剤を打ち込む。


「ううぅぅああああ」


 増血薬と二級ミドルランク回復薬ポーション

 即効性が見込める反面、肉体への負荷が大きい劇薬。


 気持ち悪い。意識飛びそう。

 なんでツキヒコは、こんなものを戦闘中に飲んで平気な顔してられるんだ。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁうぅぅぁぁぁぁっ」


 速過ぎて何も視えない。何も聴こえない。

 掌に伝わる、石剣で骨肉を断つ感触だけが、私に戦況を教えてくれる。


 此方の限界が先か、向こうの全滅が先か、四苦八苦のチキンレース。


「はぁっ。はふっ。あはっ」


 でも、きっとツキヒコなら、今みたいな時こそ笑うだろう。

 だから私も彼に倣い、いっそ堪能することにした。


「あはははははははははははははッッ!!」






 ──討った蚩尤が四十を超えたあたりで、違和感に気付く。


「ぐぅる、うぅぐ」


 重く、硬く、鈍くなる剣戟の手応え。

 延いては、一匹を仕留めるまでの間隔も長くなっている。


「ああぁぁっ、ぎっ」


 まさか、と疑念が浮かんだのは、五十に届く頃合。

 確信に至ったのは、五十五を回った直後。


「こい、つらァッ」


 

 一匹潰す毎、残る個体の強度と膂力が、明らかに増している。


 あの九尾の妖狐と、真逆の性質。

 やもすれば、こうしてあっさり私に殺され続ける状況自体、奴等の思惑の内か。


「……ぐっ……るぅっ!」


 でも。その結論に届いたところで、既にどうしようもない。


 凶化のタイムリミットは半分を切った。

 これを逃せば、もう私には手札が残っていない。


 選択肢は二つだけ。

 弱り果てたところを嬲り殺されるか、そうなる前に奴等を殺し尽くすか。


「あァアアアアaaaaaaaaAAAAッッ!!」


 斬る。斬る。演算装置が出力する最適解のまま、無機質に斬り続ける。

 斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って──






〈──ソロソロ程良イ塩梅カ〉


 不意に鼓膜を突いた呟きと共に、いとも容易く切っ尖を弾かれて。

 カシンに研がせて以降、今の今まで、刃毀れひとつ知らなかった石剣が。


 二本纏めて、へし折られた。





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