762・Hildegard






「『ギルタブリル』」


 背中を突き破り伸びる、私の背骨を変質させた、激毒滴る七本の尾。

 加えて、本来は下肢のみ覆う甲殻が黒鎧と混ざり合い、全身を包む。


 ただし顔は別。私の美貌を隠すなんて世界規模の損害だし。


「『九重ノイン』」


 次いで『空想イマジナリー力学ストレングス』を最大まで重複。

 完全な一点集中。この状態でいる間は他所に力場を纏わせられず、制御に多量の思考リソースを持って行かれるため、精微な想像も難しい。


 けど代わりに、月彦の『深度・参』にも並ぶ出力を行使可能。

 尤も彼同様に光速以上で自由自在と動き回るには情報処理速度が足りないけど──そこら辺も、ちゃんと対策済み。


「三番回路接続。目標設定」


 嫌いだった童話になぞらえ、私自身で名付けたスキル『ヘンゼルの月長石』。

 望む場所、物品、相手へ至る最善の経路を示す、語るに及ばず非戦闘系の異能。


 ──ただし、これまた語るに及ばず、どんなチカラも使い方次第。

 その勘案と研鑽を怠るほど、愚かじゃない。


「四秒後、肉体操作権を移譲」


 私の演算装置には、ある隠し球が備わってる。


 基軸に『ヘンゼルの月長石』を据え、スキルが示す通りにノータイムで身体を動かす、つまるところの自動操縦オートパイロット

 例え私自身が認知出来ない領域の速度であろうと、勝手に対処してくれる優れもの。


 その中で最も高い戦闘能力を誇る奥の手こそが、三番回路。


 深層クラスのマシナリー系クリーチャーが稀に落とすドロップ品を使い、インドと中国の技術者に作らせた指先サイズのスパコン。

 そいつを脳へ組み込み、更に神経の半分を義体化させることで実現した機構。


 数億ユーロもの大枚を叩いたし、違法手術を受けるため姉さんに紹介された闇医者がヤブで術後三日は生死を彷徨ったけど、相応のリターンは得ている。


 連邦大統領の年齢下限撤廃、及び私を選出させるべく貯めてた賄賂の力、篤と味わえ。


「──モーントシュタイン・システィーム、起動」


 カチリと、頭蓋の中で音が鳴った。






 重力、慣性、他諸々を無視した、滅茶苦茶な軌道。

 私の識覚で御せる一線など、遥か踏み越えたスピード。


「痛い痛い肋骨折れた! まだ生身の内臓が潰れそう!」


 三番回路は絶大な戦闘能力を発揮する反面、肉体的負荷への配慮を欠いた諸刃の剣。

 加えて『九重ノイン』の維持にも相当な消耗を強いられる。ぐずぐずと長引かせたら、敵の強さ云々以前に自滅は必至。


 故に初撃でカタをつける。

 狙うは当然、頸。


「チィッ!」


 ツキヒコの樹鉄刀も受け止める『ギルタブリル』の尾が、あっさり千切れ飛んだ。

 一本。二本。三本。割り箸じゃないっての。


「でも!」


 何が起きているかも掴めぬままボロボロとなりつつ、月長石を頼りに行き着く終着点。

 六腕を振り上げた蚩尤の懐、喉元。


 鋏の刃を合わせるが如く、左右から石剣を振り抜いた。


「よし──ッ!?」


 殺った。

 そんな確信を抱きかけた刹那、背筋に氷柱を差し込まれたような怖気が伝う。


 のは、半ば偶然で、今日一番の幸運だった。


「──え」


 衝撃波で吹き飛ばされた身を捩り、体勢を立て直し、見とめた姿に瞠目する。


 首を喪い、ゆっくり崩れ落ちる蚩尤。

 それの傍らで、全く同じ姿をしたバケモノが、私を睨め付けていた。





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