399
「……まさか単騎で大口真神を倒してしまうとは……」
良い塩梅の大きさと重さだったため、手慰みならぬ足慰みに魔石でリフティングしていたところ、空間の境目からジャッカル女史が顔を覗かせた。
ちょりっす。
「うむ、終わったか! しかし便利な技術だな!」
「楽ちんですねぇ。普通に進めば、ここまで五十日は必要ですもの」
「お尻が何かに引っ掛かった……誰か僕を助けて……」
それを皮切り、ぞろぞろ出て来る面々。
揃いも揃って何も言わずタイマン張らせてくれるとは気の利いた奴等め。褒めて遣わす。
「邪魔」
「ぎゃふんっ」
最後、つかえたヒルダを蹴飛ばしたリゼが降り立つと同時、綺麗に穴は塞がった。
上手いもんだ。いや、上手くなったもんだ。
「いたたたた、鼻ぶつけた……頭用の防具とか必要かな……でも、そんなの着けたら僕の御尊顔が隠れてしまう……人類にとっての大損失だ……」
一方、うつ伏せ状態で吐き散らかされるドイツガールの妄言。
御尊顔て。自己評価エグいな。確かに美人ではあるが。
「て言うかリゼ。流石に僕の扱いが雑だよ。お尻を蹴るなんて、これ以上大きくなったらどうす――ぷぎゅっ」
後頭部を踏ん付けられたヒルダの奇声。
次いで甲高い靴音を鳴り渡らせ、此方へと歩み寄るリゼ。
程なく、そこそこある胸が押し当たるくらいの至近距離で、だいぶ不機嫌そうに睨まれた。
「このアンポンタン」
「あァ?」
なんだ突然。
顔合わせるなり罵倒とか。常識疑う。
大体てめえアンポンタンの意味知ってんのか。アホ・ボケ・短足の略だぞ。
少なくとも短足じゃねぇわ。身長のほぼ半分が脚だわ。
「がははははっ! やるなぁ『魔人』のアンちゃん! 交流会でハガネと殺り合った時よか強くなってんじゃねぇか?」
豪快に笑い、俺の肩をバシバシ叩くシンゲン氏。
本人は軽くやってるつもりだろうが、控えめに申し上げてもヘビー級ボクサーの右ストレート並み。
加減覚えろゴリラ。
「ホントにね。青木ヶ原の時とは比較にさえならないレベルだ。僕の方が強いけど。僕の方が強いけど」
首から下が材質不明な黒鎧に覆われた肢体でグラビアポーズを決めつつ、相槌を打つヒルダ。
アピールの激しい奴め。
…………。
そして。どうでもいいが、シンプルに強くなったのとは、少し違う。
や。実際に強くなってるけども。ヒルダより強くなってるけども。
「選択肢の多様化。その差だな」
顎先に指を添えたジャッカル女史の呟き。
まさしく正鵠。無言で頷いて返す。
――空を飛べるヒルダほど自由自在にとは行かないが、宙を足場とした三次元的な機動。
――月齢七ツに女隷という、深層での運用に耐え得る性能を有す、損壊のリスクを考える必要が無い武器防具。
――四肢欠損、内臓破裂、果ては断首すら度外視可能な不死性を得た五体。
即ち、地べたに縋り付く理由が消えた。
即ち、装備を気遣いながら戦う意味が失せた。
即ち、肉体へのダメージを避ける煩わしさから解放された。
「百分の一秒が生死を分かつ高速戦闘に於いて悪手と言える跳躍。確実に戦闘能力の低下を齎す装備品の損耗。急所を守るための回避及び防御」
全て枷。行動を縛る鎖。
そいつが外れたなら、千切れたなら、誰であれ強くなるに決まってる。
……そう力説する俺に対し、しかし集う面々の反応は鈍い。
どったのセンセー方。
「あの、月彦くん……痛みとかは、普通に感じるんですよね……?」
おずおずと尋ねて来るカルメン女史。
当たり前だろ。痛覚は重要な情報源のひとつ。そいつを遮断するなんざ馬鹿としか思えん。
「ちょっと何言ってるか分かんない」
溜息と共に零すリゼ。
宇宙人でも見るような目を向けるんじゃありませんよ。
「壊れてますね。脳が」
u-a。お前やっぱ俺にだけアタリ強いよな。
なんかしたっけか。一切記憶にねぇぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます