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 木々の隙間を縫うように大蛇の下半身を這い回らせた姦姦蛇螺が、読み辛いタイミングで俺との間合いを詰める。


〈フウウゥゥゥゥ……!!〉


 剛弓が矢を放つ直前の如く引き絞られた、六腕の一。

 人間とは関節部の構造が違うためか、奇妙な弧を描く軌道。


 成人男性三人が手を繋いで囲めるかどうかの大樹だろうと斬り飛ばす、引っ掻くなんて次元を軽く跨いだ一撃。

 その、祟りだの呪いだのと呼ぶには直接的過ぎる暴力を――


「鉄血」


 ――以前破られた鉄壁の防御で、再び迎え撃った。


 ただし馬鹿正直に止めるのではなく、受け流す。

 合気の達人とかいう触れ込みのベテラン探索者シーカーが編み出した、対クリーチャー合気柔術。

 動画に出てた爺さんがやたら小柄で、動きの精髄を俺向けに調整するのは些か骨を折ったが、守りを腕力に頼らないスタイルは身体能力据え置きの『鉄血』と良く噛み合う。


 噛み合い過ぎて――体重差二十倍は下るまい巨体の、天地を返した。


〈ギャイッ!?〉


 ほんの四半秒、爪を受けた左腕に視線を注ぐ。

 負傷は……無し。


「豪血」


 仰向けに倒れた女の上半身と大蛇の下半身との境目、腰骨目掛け水銀刀を振り下ろす。

 乾いた粉砕音。これで最早、蛇の巨体は単なる錘だ。


〈フゥ、ウウウ……ヨクモ、ヨクモ……タタッテ、クレルワ……オロカナ、フトドキモノ、メェ……!!〉


「おうよ、その通り。愚か者だし不届き者だぜ」


 祟れるもんなら祟ってみやがれ。

 最後にそう吐き捨て、顔面ごと頭蓋を断ち割ってやった。






「どう? 調子の方は」

「効果は出てるように思うが、まだ大差ねぇ」


 都合六度目となる三十七階層までのアタックを終え、地上に帰るため三十六階層へと続く階段前に集まった俺とリゼ。

 青光奔る『鉄血』をかけたまま拳同士を軽く打ち合わせながら、四度目のアタック以降、インターバル毎に催した強化実験の成果を、此度の戦闘内容と合わせて振り返る。


「ま、無駄な試みじゃなかったと分かっただけ十分な収穫だ。重い攻撃への防御を重ねるほど更に打たれ強くなるなら、今後クリーチャーを相手にした時の動向も変わってくる」


 加えて、姦姦蛇螺から受けた傷には『鉄血』の使い方そのものを考えさせられた。


 これより先、どう足掻こうと人間一人の質量では正面切って攻撃を受け止められないような輩も現れるだろう。身長十メートル以上の巨人とか。

 そんな敵を前にした時の立ち回り。スキルと身体能力にかまけた現状のスタイルは、真の怪物が蔓延る深層では恐らく通用しない。

 奇しくもそれを気付かされる直前に始めていた駆動の最適化、スキルの特性を十全に活かした技術修得を推し進める必要がある。


「と。そいつはひとまず置いといて……ハハッハァ!」


 ここで嬉しい発表がひとつ。

 苦節三週間余り。ただただ後塵を拝し続けた辛酸の日々が漸く終わりを迎えました。


「見ろリゼ、遂にスコアが並んだぞ! これで次の七回目、最後のアタックが俺達の雌雄を決する運びとなったワケだ!」

「ふーん」


 マジで腹の立つ女だ。少しは焦るぐらいしろ。


「ねえ月彦。楽しい?」

「ああ楽しいね! やっぱり勝負事は最後まで結果の分からねぇ展開こそ血を滾らせ――おおう」


 クラッと来た。滾ったところで肝心の血が足りん。

 ここまで下りると、流石にどのクリーチャーも強い。必然、一体あたりにかかる時間も『双血』の使用頻度も増える。貧血気味だ。

 増血薬は三十六階層で飲んだばかり。適量を超えて使っても悪影響しか無い。

 鉄分その他各種のサプリだけ飲み込んでおく。


「…………帰るか」

「りょ」





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