710・Hildegard






〈やっはろーヒルダちゃん! ブリ大根、御機嫌イカ納豆!〉

「むむ」


 この反射的に翻訳機の不調を疑う、素っ頓狂な挨拶は。


「あー!? やっぱりキチダ!」


 ある日突然「俺ちゃん遠くに行っちゃうちゃん」とか言って、それきり本当に連絡がつかなくなった、世紀末的ウルトラ薄情者。

 なんでホストクラブこんなところに。


 …………。

 取り敢えず。


「すいませーん、彼を指名で。あと一番高いボトル入れて。十本」






〈かくかくしかじかまるまるうまうま──てな具合で俺ちゃん、割と無理くりな感じでコッチに居るのよ〉


 うんうん。


「あたかも仔細を説明したかの如き語り口だけど、何も言ってないよねキミ」

〈てへぺりんこ〉


 どうしよう。グーで殴ろうかな。


「てかキミ、透けてない? 半透明だよ半透明」

〈お、気付いちゃう? ほら、俺ちゃんてば透明感ある男だし〉


 ふーん。そっか。

 そうだったかな。そうだったかも。


「あと微妙に浮いてない? 物理的に」

「なっはっは、いつまでも地に足がつかなくってさー。お恥ずかしい限りで」


 ふーん。そっか。

 そうだったかな。そうだったかも。






〈俺ちゃんが渡した剣と鎧、中々に使い熟しちゃってくれてるみたいナリねー〉


 少し話してたら、キチダの姿がキラキラした粒に崩れて、消え始めた。

 え、え、え。どゆこと、どゆこと。


〈そんなヒルダちゃんに、ひとつ提案〉


 わたわた慌てる私を他所、さっきよりも高く浮き上がるキチダ。


〈俺ちゃんさ。一昨年くらい、月ちゃんに鞘から抜けない剣を奉ったんだけども〉


 あっという間に半分くらい光になっちゃった。

 掃除機、掃除機で吸って集めないと。


〈今後はヒルダちゃんが持っててよ。どうせ月ちゃんのことだから、布団叩きとか金属バットの代わりにでも使ってる筈ナリ〉


 わばばばばばばば。


〈ホントはアレが抜ける時なんか、来ない方が良いんだよなー。抜けたところで、だし〉


 喉が引き攣って、言葉が詰まる。

 次は本当に、もう二度と会えなくなるような気がして、背筋が震える。


「キ、キチダっ……僕……!!」

〈へぷちょい!〉


 唐突な、くしゃみ。

 キチダの残ってた部分が一斉に崩れて、屋内で風も吹いてないのに流れて行った。


「……ええぇ……」






〈あ、そだそだ〉

「ぷぎにゃあッ!?」


 なんか首だけ、もう一回出て来た。

 やめてよ。怖いよ。心臓止まるかと思ったよ。


〈林檎好きな白いのに会ったら、伝えといて欲しい系〉

「ふえ? 林檎? 白いの?」


 誰。

 え、ほんと誰。


〈……んー、いや、やっぱいいわ。そんじゃ元気で、さいなら!〉


 言うだけ言って、今度こそキチダは消えてしまった。

 取り残された私は……色々と馬鹿らしくなって、グラスの酒を、勢い良く飲み干した。





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