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 遮蔽物や障害物の殆ど無い、ほぼ直進で階段まで向かえる地形が幸いし、花園エリアの踏破に長くはかからなかった。


「つーワケで二十階層とうちゃーく」

「ぱんぱかぱーん」

「ここまで棒読みなファンファーレ、初めて聞いたよ……」


 あと幾らか石段を下りれば、花尽くしも終点。

 併せて一段毎、徐々に強く肌身を刺す、フロアボスの放つ濃密な気配。


 ……本当なら、俺の獲物であった筈のそれ。

 お預け食らった口惜しさに歯を噛み締めつつ、空間の境目を潜る。


 そして。


「豪血」


 直角、或いは鋭角の軌道を描いて俺達目掛け飛来するを、掴み取った。


「――蜂か」


 軽く握り締めた掌を広げる。

 粉々に砕けて息絶えた、毒々しい紫色の体液塗れな、スズメバチに似たフォルムの蟲。

 ただし甲殻の強度も飛び回る速度も、まるで銃弾。


「む」


 悠長な観察もそこそこ、更に六匹。

 今度は手刀で打ち、払い、叩き、潰し、裂き、貫き――を見据える。


 差し渡し数百メートル程度の階層の中心より響く、ヘリのローター音とも聞き紛う羽音。

 グリズリー並みの巨躯を四枚翅で浮き上がらせ、巻き起こる風圧が色取り取りの花弁を吹き散らしている。

 

 異様に膨れた腹部には、夥しいハニカム構造の孔。

 そこから這い出し、侍るように飛び交う無数の蜂達。


 己が身体そのものを一個の巣とした女王蜂。

 ガチガチと大顎を鳴らし、此方への敵意を露わにする姿が、まさしく蜂っぽくて少し笑えた。


「うざってぇな」


 動脈に赤光を伝わせたまま視線を巡らせ、襲い来る下っ端の蜂を駆除する。

 この速度と機動性、リゼの『飛斬』を当てるのは少しばかり難しそうだ。


「ヒルダ。さっさと片付けろ」

「うん。お任せあれ」


 サーベルを引き抜き、二刀で構えたと思しきヒルダが前に出る。

 既に腕を不可視化させ、音も消しているため、分かり辛い。

 出来る出来ないの二択で問えば、んだろうけれども。


「約束通り、待つのは一分だ。つか、それ以上は俺の辛抱が保たん」

「アハハハハッ」


 肩を揺らす笑い声に合わせて、ヒルダの傍で咲いていた花々が、ざっくりと斬り飛ばされた。

 不可視の剣による、見えない斬撃。


「コイツ程度を仕留めるのに、一分も要らないよ」





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